14 最後の秘密
「あの、私もいていいのでしょうか……」
何も理由を知らないリルが不安そうにそう言う。
「おまえも今回のことを知る者です。今のおまえはもうそれを聞ける立場にありますから」
キリエがそう言ってリルも留める。
「シャンタル、皆が集まりました」
そう声をかけた。
「分かりました」
部屋の中から可愛らしい声がそう答えた。
ラーラ様が「ああ……」そう言って久しぶりに聞く、そして初めて聞くシャンタルのはっきりとした言葉に胸の前で手を握り
寝室の扉が開き、シャンタルが姿を現した。
服は昨日キリエが着せたゆったりとした部屋着のまま、昨日と同じ姿のままのはずなのに何かが違うように見えた。
シャンタルはゆっくりと応接へ足を進める。
常ならば、誰かがシャンタルの手を引いてご案内するのであるが、今日は誰も近付くことができなかった。
シャンタルがソファの背もたれに手をかけて静かに立った。
誰言うともなくトーヤ以外の全員が跪き頭を下げた。
トーヤだけが立ったまま、じっとシャンタルを見守る。
「よく集まってくれました」
かわいらしい声で小さな神が頭を下げた者たちに声をかける。
「頭を上げなさい」
そう言われて全員が頭を上げる。
「お立ちなさい」
そう言われて全員が立ち上がった。
「マユリア、こちらへ」
言われてマユリアが進み出る。
シャンタルの
マユリアが膝を折り頭を下げる、そんな存在はシャンタルだけ、唯一自らより尊い神だけである。
全員が息を飲みその美しい絵のような光景に見入る。
「マユリア」
シャンタルがマユリアの頭上より声をかける。
「千年前の託宣……」
そう言って言葉を止める。
「託宣に従います、わたくしを聖なる湖に沈めなさい」
「御意」
シャンタルの言葉にマユリアが答える。
「え、え、え?」
何も知らなかったリルが自分の耳を疑う。
今、シャンタルはなんと言った? 自分を湖に沈めろ? 千年前の託宣? 聞き間違いに違いない。
混乱するリルを置き去りにするように、トーヤをのぞく全員が跪いて頭を下げる。リルも続いて頭を下げようと思うのだが体が思ったように動かない。だが誰もそれを
トーヤが立ったまま2人をじっと見つめる。その表情からは何を考えているか分からない。
「下がりなさい」
言われてマユリアが静かに立ち上がり、一度頭を下げて3歩後ろ向きのまま下がってから体の向きを変える。
完璧な立ち居振る舞い。
マユリアがそのまま跪いたままの他の者たちのところへと戻る。
「ラーラ様……」
そう声をかけるとラーラ様の前に崩れるように座り込んだ。
思わず残りの人間、トーヤをのぞいた全員が姿勢を崩してマユリアを見る。
こんなマユリアの姿を見るのは誰もが初めてであった。
「マユリア……」
ラーラ様がマユリアの手を取りしっかり握ると、
「やっと、やっと……」
そう言って残りの言葉を続けることができず嗚咽を漏らす。
「はい……」
マユリアもラーラ様の手を握って涙を流していた。
マユリアが泣く姿など誰も見たことがない。
驚くと同時に誰もがその姿に釘付けになる。
なんとも美しい涙が後から後から美しい頬を流れる。
この場で一番どうしていいのか分からないのはリルであった。
さっきのシャンタルの言葉、今のマユリアの振る舞い、もう何がどうしていいのか分からない、何をどう聞けばいいのかすら分からない。何か言うこともできない。
ただ呆然と立ち尽くすリルを見てトーヤが笑い出した。
「なあ、もうこれで本当に最後なんだろ? なんか秘密があるんだろ? とっととそれ教えてくれねえかな。ほれ、リルがぶっ倒れそうだぜ」
そう言われてミーヤがハッとしながら立ち上がり、リルを支える。
「リル、大丈夫?」
「……ミーヤ……私、もう何がなんだか……」
2人を見てトーヤが大笑いした。
「そりゃそうだよな~一度に全部まとめておっかぶされちゃそうなるよな~」
笑うのを止めて言う。
「マユリアもラーラ様も今は無理っぽいし、他に事情を知ってそうな侍女頭、なあ、説明してくれるか? なんでそこまでしてシャンタルを沈めなきゃいけねえのかをよ」
顔は笑っているがその目は笑ってはいない。
「なあ?」
重ねて言われてキリエが立ち上がる。
目でマユリアとラーラ様に許しを得ると、まだ涙を流し続けているマユリアが一つ頷き、続けてラーラ様もマユリアと手を握り合いながら一つ頷いた。
「託宣です……」
「うん、だから分かった。なんで沈めなきゃいけねえんだ?」
「託宣は何があろうと行われなければなりません。行わないということは許されないのです」
「まどろっこしいなあ」
トーヤが眉をひそめる。
「そういうのもういいから、単刀直入に分かりやすくやってくれよ」
言われてキリエが頷く。
「シャンタルの務めは託宣です。託宣を告げるだけではなく、己も託宣に従わなければなりません。もしも託宣を拒否したら、それはシャンタルとしての務めを放棄すること、その瞬間にシャンタルではなくなります。そして天にその生命をお返ししなくてはならないのです」
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