6 沈め

「助けてくれるって言ったのに……」


 シャンタルが悔しいのと悲しいのが混ざったような顔でそう言う。


「助けてやるよ」


 またトーヤがあっさりと言う。


「だったら!」

「いいか、よく聞けよ」


 シャンタルの言葉をさえぎってトーヤが続ける。


「俺はな、おまえを沈めるのがいいことだとは思ってないし言ってもない。だけどマユリアたちにも事情があるんだろう、って言ってんだよ」

「分からない……」

「さっきから言ってるだろうが、マユリアたちはおまえのことが大事だって」

「だって」

「だってもあさってもあるか、それだけは真実だ。それは認めなきゃな」


 言い切られてシャンタルが黙って聞く。


「あいつらはな、おまえのことが大事で大事でたまんねえんだよ。だけど千年前の託宣とか運命だとかってのも大事なんだ。だからしちめんどくさい手順を踏んで、俺がおまえのことを連れて逃げられるか試したり、正しい道を進んでるかをじっと見てたりしてるってこった。やれやれだよな」


 トーヤがふうっと息を吐き、両手を上げて肩をすくめると首を振ってみせる。


「何回も言ったさ、沈めるのをやめてやれってな。それをやめりゃいいだけのことじゃねえか、ってな。だけどあいつらはやるって言う。何があっても沈めるんだとさ。だからな、おまえも黙って沈められとけ」

「え!」


 シャンタルがガタンと音を立てて椅子から立ち上がる。

 

「沈められたら俺が引き上げて助けてやるからよ。そういう約束になってる」

「そんな……」


 話が違うとシャンタルは思った。

 フェイはミーヤとトーヤを信じてほしい、そう言った。

 会ったこともない、それにすでに死んでしまった子どもの言葉をそれだけで信じたりはしない。信じられるはずもない。

 シャンタルがフェイの言葉を信じたのはその心を感じたからだ、溢れる思いを感じたからだ。

 フェイがどれだけ2人に愛され、大事にされ、幸せになったか、その気持ちが直接シャンタルに流れ込んできたからだ。

 トーヤがきっと助けてくれる、そう思って心を開いて頼んだのだ、それなのに……


「助けてくれると思ってたのに……」

「だからそれは助けてやるって言ってるだろうがよ」

「沈めるのをやめさせてくれると思ってたのに……」

「いや、それはおまえの勘違いだ」


 きっぱりと言う。


「俺があいつらと約束した仕事はおまえの棺桶を引き上げて、それで助けてこの国の外に連れ出す、そういうことだからな」

「そんな……」


 シャンタルが思い切り首を左右に振る。


「沈むのは嫌!」

「大丈夫だ、引き上げてやるから」

「だから沈むのが嫌なの! 怖いの!」

「まあな、その気持ちも分かる。だけどしょうがねえだろう、一度は沈まないと話にならねえってんだから」

「トーヤ」


 ミーヤが声をかける。


「なんだ」

「もう少しゆるやかに話してさしあげられませんか」

「ゆるやかにって……」

「ミーヤ!」


 シャンタルがミーヤに言う。


「ミーヤもシャンタルが沈んだ方がいいと思うの?」

「思っていません」

「だったらトーヤに頼んで、沈めるのをやめさせてって!」

「それは……」


 もちろん心情的にはすぐにもやめさせてほしい。だが、ミーヤには一つの言葉が引っかかっていた。


『一つだけ言いたいことがあります。マユリアがおっしゃっていらっしゃったように言えぬことには沈黙を守るしかできない……』


 あの時、キリエにもう一度考え直してほしいと言った時、キリエはそう言ったのだ。

 まだ何かある。どうしてもシャンタルを湖に沈めねばならない理由が、秘密が。


「トーヤ」


 ミーヤはシャンタルには答えずトーヤに声をかける。


「キリエ様が、言えぬことには沈黙を守る、と」

「ほほう」


 トーヤが腑に落ちた顔をする。


「やっぱりな、やっぱりまだ何かあるんだな」

「ええ、多分……」

「他にもなんか言ってなかったか? 例えばシャンタルが大事だからやるとかなんとか」

「ええ、確かにおっしゃっていました」


『何があろうともマユリアはシャンタルのためになさっていらっしゃいます、お信じください』


「キリエ様は、マユリアがシャンタルの御為になさっていらっしゃること、信じていただきたい、と」

「ふうん……」


 トーヤが椅子の背もたれに体重をかけてもたれかかり、上を向いて考える。


「なーんかあるんだよな、まだ……」


 そうポツリと言う。


「ややこしいやつらだよな……そんで言えない理由ってのも多分あれだ、もう何回もかまされてる、運命を変えないために、ってやつだ。はーめんどくせえ!」


 そう言うと両手を組んで頭の上に乗せ、目をつぶって考える。


「シャンタル」


 トーヤが目をつぶったままシャンタルに言う。トーヤがシャンタルの名前を呼んだのは初めてだ。


「……なに……」

「あのな」


 同じ姿勢のままトーヤが続ける。


「おまえはどうやっても一度は沈まなくちゃなんねえ運命らしい」


 シャンタルが絶望を浮かべて信じられないという顔でトーヤを見る。


「だけどな、何回も言うが、それはおまえを大事じゃないとか殺そうとか、そういうことで言ってるんじゃねえ。マユリアたちはおまえを助けるために沈めようとしてる。なんかそれが分かった気がする。だから一度黙って沈め、分かったな?」

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