3 解放
リルは急いで急いで走った。
前の宮の地下、ひっそりとした薄暗い懲罰房に走り込む。
「マユリア、お戻りいただけます! すぐにここを出て一度お休みいただくための部屋にお入りください!」
暗い部屋の隅にあるベッドの上で、ゆっくりと影が動いた。
姿はまだよく見えず声もないが、こちらをご覧になったとリルは思った。
「キリエ様が、そうお伝えしてマユリアをすぐに休ませてさしあげてください、と」
「キリエが……では……」
ゆっくりと影がベッドの横に立ったのが分かった。
「よかった……」
ほっとしたようにそう言う。
「明日にはお迎えに上がりますとのことです。一度お休みになられる部屋を客室の方に準備いたしました、どうぞ……」
「分かりました」
マユリアは、頭から深く毛布をかぶったまま懲罰房から出てきた。
14日ぶりに立って歩いたせいか、少し足がふらついている。
「御手を……」
リルが差し出す手に手を預け、
「ありがとう」
そう言って、ゆっくりと地上へと向かって歩き出した。
ダルはキリエに言われるとすぐに、愛馬を駆ってカースへと向かった。
村に着いたのは夕刻近く、冬の早い日はもう海の向こうへと姿を隠しつつあった。
「ばあちゃん!」
バタンと扉を開けて家の中に飛び込む。
「なんだねこの子は行儀の悪い。何があったんだい」
ダルの母、ナスタがたしなめつつも、ただならぬ様子に尋ねる。
ダルが部屋の中を見渡すと、みんな入ったところの大きな広間に集まっていた。ラーラ様の姿もあった。
「ラーラ様、明日、宮にお戻りになれますよ」
簡単にそれとだけ伝える。
「え?」
ラーラ様は一瞬意味を受け止め兼ねていたようだったが、
「え、では、では……」
「いや、俺は分かりません。ただそう伝えてお迎えに行くようにと言われただけですから」
ダルがそう正直に伝える。
「それとじいちゃん」
「なんじゃ」
「ルギの家ってどこにあるか知ってる?」
「おまえ」
村長が手招きしてダルをそばに呼んだ。
「誰に聞いた」
「侍女頭のキリエさんが、じいちゃんに聞いてそっちにも伝えるようにって」
「あれが家に戻っておるのか」
「いや、俺には分かんねえよ」
「そうか」
そう言って、村長が紙に何かを書き付けてダルに渡した。
「ありがとう、そんじゃ行ってくる」
「今からかい?」
ナスタが驚いたように言う。
「おまえの分も用意しようとしてたのに」
「うん、でも急ぐからまた、じゃあ行ってくる」
そう言って家から飛び出していく。
「なんだね、慌ただしい」
ふうっとため息をついてから、ラーラ様を見る。
「よかったね」
「はい」
そう言ってディアがラーラ様の片手を握り、片手で背中をさすっている姿を見た。
ダルはそれから王都を正反対の方向に走って走り続け、夜も深くなった頃にやっとその家にたどり着いた。
ドンドンと扉を叩く。
しばらくすると誰かが近づいてくる気配がした。
「誰だ」
ルギの声のようだった。
「ダルです。宮からの言伝てで来ました」
扉が開いてルギの顔が見えた。
「入れ」
そう言われて中に入る。
こざっぱりした室内、見たところルギ以外の姿は見えない。
「宮からの使いです」
二階に向けてルギがそう言うと、あの時あの部屋で見た、ラーラ様に付いていた侍女が2人降りてきた。
「キリエ様からの伝言です。明日宮に戻ってこられます、だそうです」
「では……」
侍女2人の顔がパアッと明るくなる。
「皆様ご無事ですか? シャンタルは? マユリアは? ラーラ様は?」
「いえ、俺にはそういうことはよく分かりません、ただ伝えるようにと言われただけです」
一瞬、タリアが使えないという目で見た気がするが、自分の仕事は言われたことをするだけだとダルは気に留めない。
「それでいい。言われた以外のことをする必要はない」
驚いたことにルギが褒めてくれた。
「よく知らせてくれたな月虹兵。疲れただろう、もう夜も遅い、ここに一緒に泊まるといい」
さらにルギが労ってくれて驚き、ダルは少し考えていたが、
「いや、俺は帰ります。他にまだやることもあるし」
「そうか」
そう言うと、ルギが背中を向けて台所へと入り、戻ってくると手に何かを持っていた。
「せめてこれを馬の上ででも食え」
パンと水が入っているらしい水筒を渡す。
「ありがとうございます、そうします」
「気をつけて行けよ」
「はい」
頭を一つ下げると家から出て馬に乗る。
ダルはルギが部下に慕われているのが分かるような気がした。
必要なことは聞いてくれ労ってもくれるが、相手の意思を尊重してしつこく聞いたり引き止めたりもしない。無愛想でとっつきにくそうだが非常に良い上司な気がした。
馬にも水を飲ませた後、言われたように走らせながらパンにかじりつく。
「よおし、おまえももうひと頑張りしてくれよ」
愛馬を励ますように言ってまたカースへ向かって戻る。
明日はラーラ様をお連れして宮へ戻る。
キリエの様子から見て悪いことではないと推測できた。どうやったのかは分からないが、きっとミーヤがシャンタルの心を開かせたのだろう。
「そうなったらトーヤを呼びに来るって言ってたもんな、なあ」
愛馬にそう語りかけながら、ひたすら西へと戻っていった。
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