17 堂々巡り
そう言ってもシャンタルはまだその気にはなれないようだ。
「トーヤはシャンタルを嫌いって言ってた」
「トーヤはシャンタルを助けたいと思っています。それは信じてください」
「信じられない」
「いえ、思っています。ミーヤははっきりと聞きました」
「嘘」
「嘘ではありません」
しっかりとシャンタルの目を見て言う。
「トーヤはこう言っていました。シャンタルは自分で自分の運命を決められるのに決めようとしない、それが一番腹が立つ、と」
「決めようとしない……」
「はい」
ミーヤがしっかりと頷く。
「トーヤはシャンタルに自分で決めろと言っていました。覚えていませんか?」
「決めろ?」
「はい」
ミーヤは一つ軽く息を吸う。
「自分で、生きるか死ぬかを決めろ、と」
シャンタルが考え込む。
『おまえが自分で決めるんだ、生きるか死ぬかをな』
「生きるか死ぬかを……」
「はい、そうです」
「生きるか死ぬかを……」
寝台の上で座ったままの姿勢でシャンタルは考える。
両手を両頬に当てて、一生懸命に思い出そうとしているように見えた。
「おまえが自分で頼まない限り俺はおまえを助けない」
いきなりそう言う。
「はい、トーヤはそう言っていました」
「助けないって」
「自分で頼まない限り、です。ご自分で頼まれたら助けてくれます」
「でも怖い顔してる」
「大丈夫です。ちゃんとご自分で伝えられたら笑ってくれます」
「トーヤはシャンタルが嫌い」
「嫌いではありません」
「嫌いって言ってた」
「今は違います」
「今も嫌い」
「嫌いではありません」
何度も同じ言葉を繰り返すがシャンタルのトーヤに対する不信は解けることがない。
「共鳴」の時に突き飛ばされたこと、水に溺れた時に見た顔がトーヤであったらしいことなどがその理由らしく、言葉でいくら重ねても信じることができないようだ。
「マユリアもラーラ様もキリエもネイもタリアもみんなシャンタルを沈めるって。みんな嫌い。ミーヤとダルはやめてって言ってくれた。だから嫌いじゃない。ルギはよく分からない。トーヤはシャンタルを嫌いだから沈むのを見てる。だからシャンタルもトーヤを嫌い」
何度言っても何を言っても結局はそこに舞い戻ってしまう。
信頼していたマユリアたちに裏切られたとの思いもあり、あまりいい印象ではないトーヤのことはなおさら信じられないらしい。
それにそう思い込むからだろうか、記憶の中から取り出すトーヤの言葉はシャンタルにとって「怖いもの」しか出てこない。
どうすればいいのだろうとミーヤは悩む。
「シャンタル少しお眠りになられたらどうでしょうか」
事情が事情ではあるが、さすがに10歳の子どもが一晩中起きていたのはよくなかったと思ってそう言う。
「眠くないから……」
昨日からの衝撃の連続に眠気も感じないのだろうか、シャンタルはそう言ってしっかりと目を開けたままでいる。
そうしていると寝室の扉が叩かれ、
「あの、お食事をお持ちしました」
そう言って食事係の侍女が顔を覗かせる。
「いらない」
シャンタルがそう言ってぷいっと横を向く。
「ですが、昨日の夜もお召し上がりではいらっしゃいませんし、お体に
「いらない」
諦めて下がっていく。
寝もせず、食べもせず、休みもせず。
こんな状態がいいわけがない。
時間は惜しい。
だが今のままでは
「シャンタル、こうしましょう」
思い切って寝台に上がり、シャンタルの隣に滑り込む。
シャンタルが驚くが気にせず一緒に体を横たえギュッと抱きしめる。
「シャンタル、少し休みましょう。体に悪いです」
「嫌、寝ない」
「寝ましょう、ミーヤも眠いです、一緒に寝ましょう」
「嫌、寝ない」
「寝てください」
小さな子をあやすように背中に回した手でトントンとリズムを取るようにする。
「シャンタルは温かいです。ミーヤは眠くなってしまいました」
「嫌、眠くない」
「寝ましょう」
「寝ない」
そう繰り返しているうちに、自分も温まってきたのかシャンタルが一つ、二つ、あくびをし始めて、そのうちこっくりこっくりと船を
「少し眠りましょう。そしてまた続きの話をしましょう。おやすみなさい」
優しく背中を叩かれ、次第に眠りの中に引き込まれていった。
そうして2人ですやすやと眠りの中に落ちていく。
しばらくして様子を見に来たキリエが驚くが、なんとなく何があったのかを察した気がした。
2人に寒くないようにしっかりと布団をかけ直し、そっと部屋を出る。
「おまえという子は、どうしていつもいつも全力でぶつかっていくのでしょうね」
昨日の溺れようとしていたミーヤを思い出す。
どうやっても奥宮に入れてもらおうとキリエの執務室に入ってきた時のミーヤを思い出す。
いつもにこやかで穏やかで、ここまでの芯の強さを持つ子だとは思ってもみなかった。
「何がおまえをそこまで強くしているのでしょうね……」
キリエには分かっていた。それが何であるかを。
「お願いしますよ、もうおまえだけが最後の頼りです」
そうして祈るように寝室の扉に額を当てて目を閉じた。
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