16 自分の意思

 しかし、一体何から話したものか……


 考えていたミーヤが思わずくすりと笑った。


「どうして笑ったの?」

「いえ、色々と思い出しておりましたもので」


 本当に色々なことがあった。

 たった数ヶ月、半年にも満たない間にこれほどの出来事があるなど思って見なかった。


「トーヤはシャンタルの託宣によってこの国のカースという村近くに打ち上げられました。嵐に巻き込まれたのです」

「嵐?」

「強い雨と風で海が暴れてトーヤの乗っていた船が壊れ、海に投げ出されて溺れて死にかけたのです」

「溺れて……」

 

 シャンタルが思い出して体を震わせる。


「はい。それでシャンタルとの共鳴の夢も最初は自分が溺れた時の夢だと思ったようです。そうして助けられ、宮へ運ばれてミーヤが世話役を拝命し、それからずっと世話をしておりました。本当に色んなことがございました」


 ミーヤは話した。

 シャンタルに理解できるであろう範囲で、できるだけ正直に。

 ミーヤは怖い人と思ったことはないこと、打ち解けたら優しい人だと分かってきたことを。


「トーヤも不安だったのです。何も分からないこの国に、仲間を全部失って、何も持たずに打ち上げられて、明日はどうなるか分からない。それで逃げようとして色々なことをしていました。でも自分にも役目があることを知り、それを知りたいとこの国のことを知ろうとしました。そしてシャンタルを助ける『助け手たすけで』としての役目を知りました。シャンタルを助けてこの国から連れ出す、それが自分の役目だと」


 シャンタルが顔をしかめる。


「ですが、マユリアがシャンタルを沈めるのだと聞いてトーヤは怒りました。なぜそんなことをするのかと。そしてそんな運命に自分を巻き込んだとシャンタルにも」


 ミーヤは正直に言う。それがトーヤを理解してもらうことだと信じているから。


「やっぱり怒ってる、シャンタルを嫌い」

「はい、その部分は嫌いだと怒っていると思います」

「だから助けてくれない……」

「それは違います」


 きっぱりと否定する。


「トーヤがシャンタルに怒っているのは、ご自分で運命を切り開こうとしていらっしゃらないから、です」

「運命を?」

「はい」


 ミーヤが続ける。


「シャンタルはずっとご自分をお持ちではございませんでした。マユリアとラーラ様の中から外を見て、ご自分では何かをなさろうとはなさっていらっしゃいませんでした。それで怒ったのです。でも今はシャンタルはご自分で見て、聞いて、話していらっしゃいます。ご自分の口でトーヤに助けてほしいと言ってくだされば、トーヤは分かってくれます、助けてくれます」


 シャンタルはじっとミーヤを見つめ、


「助けてくれないと思う……」


 そう言って悲しげに首を振る。


「いいえ、助けてくれます。そう言っていました。覚えていらっしゃいませんか? 思い出してください、トーヤがなんと言っていたかを」

「トーヤが言ってたこと……」


 じっと考える。


「怖い顔してたことしか覚えてない……思い出してもずっと怒ってる……」


 ふと顔を上げてミーヤに聞く。


「『むなくそわるい』ってどういうこと?」

「は?」

「トーヤが言ってたこと。『むなくそわるい』って。マユリアたちがそれで、シャンタルはもっとそれだって」

「あ……」


 思い出した。確かに言っていた。


『俺はな、あんたらが本当に胸糞悪い』

『だが、一番胸糞悪いのはこのガキ、このクソガキだ』


「『くそがき』って何?」

「それは……」


 どう説明しよう。


「『フェイ』って誰?」

「え?」


 次から次へと思いだしてはいるようだ。


「『フェイを助けたい』ってトーヤが言ってた。フェイって誰?」

「フェイは、この宮の侍女でございました。私と一緒にトーヤの世話係をしておりました」

「死んだの?」

「はい」

「沈んだの?」

「いえ、病気で」


 シャンタルが初めて知った「死」であった。


「それで『むなくそわるい』って何?」

「それは」


 この状況だが少しだけ笑ってしまった。


「気持ちのいいものではない、とか、腹が立つ、をトーヤ風に言った言葉でございます」

「気持ちのいいものではない?」

「はい」 

 

 ミーヤが付け加える。


「託宣だからと言って大事だと思っているシャンタルを沈めようとするマユリアたちには腹が立つ、だが自分が死のうとしてるのにじっとそのままに、何もせずにされるままになっているシャンタルにはもっと腹が立つ。そう言いました」

「それで腹が立つから『くそがき』なの?」

「そう、ですね……」

 

 言ってしまってからまた笑ってしまう。


「『くそがき』だからトーヤはシャンタルが『むなくそわるく』て嫌い、『フェイ』を助けたい、そう言ってたの? それで『くそがき』って何?」

「それは……そうですね、いい子ではない子ども、ですか?」

「シャンタルはいい子ではないの?」

「トーヤは自由な人です。自分の考えを持たない人間のことは好きではないのです。でも今はもうシャンタルはご自分の意思がありご自分の考えをお持ちです。嫌いではないと思います」


 ミーヤがさらに言葉を添える。


「どうぞお願いです。シャンタルのご自身のお言葉で今のお気持ち、沈みたくない、死にたくない、そう思っていることをトーヤにお伝えくださいませ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る