7 怖い
「ミーヤから尋ねられマユリアにお話し申し上げました」
キリエが話を続ける。
「マユリアはそうですかとおっしゃった
「なぜですか?」
「マユリアは『時が満ちたのだ』とおっしゃいました。シャンタルとトーヤの間に確たる『
「あ」
ミーヤが思い出すように言う。
「そうでした。『お茶会』の始まりはルギが呼びに来たからでした。ルギがトーヤから聞いた話をマユリアに伺ったところ『言えぬことがある時には沈黙するしかない』とおっしゃって、そしてシャンタルに会っていただきたい、そうおっしゃったからです。最初の『お茶会』にはすでによくご存知だから、とキリエ様はいらっしゃいませんでした」
「そうでしたね」
キリエも思い出したようだ。
「そう、ですから二度目の共鳴、トーヤが溺れる夢をきっかけに『お茶会』が始まったのです。シャンタルも何かの夢をご覧になったのだと思います」
「わたくしが夢を……」
「はい、ラーラ様も何が起きたのかと思われたようです」
「わたくしも怖いと言っていたのですか?」
「いえ、『嫌』とおっしゃっていたようです」
「『嫌』と……」
「はい、何度もおっしゃっていられたようです」
シャンタルが考える。自分も夢を見たのだろうか、そう自分の記憶を探っているように見える。
「水で溺れる夢です」
ミーヤが念を押すように言う。
「トーヤはそれが怖かった、そう何度も言いました。自分が溺れた海ですらそう怖く思ってはいないのに、と」
「怖い……」
シャンタルがふっと顔を上げる。
「怖い、とはどのようなことなのでしょう」
「え?」
まさか、このお方は「怖い」という感情をお分かりではないのだろうか。
「怖い、ということがよく分かりません」
「それは……」
感情を説明するというのは難しいことだ。そもそも自分の感情が他の人間と同じものであるかどうかも本当のところは分からない。ただ、人は、それが同じものだという前提で話をしているだけにも思える。
「怖い……」
「あの」
ミーヤが聞く。
「マユリアとラーラ様からお離れになり、真っ暗な音のない世界にいらっしゃった時、どのようにお感じになられていましたか?」
「あの時ですか……」
シャンタルが思い出すように言う。
「どうしてお二人がいらっしゃらないのか、どこにいらっしゃるのだろう、そう思って探していたように思います」
「外がご覧になられなくて怖い、とお思いには」
「見えぬからと言ってどうと思うことはありませんでした」
「音が聞こえずに怖い、ということは」
「聞こえぬからと言って特に何も」
「怖い、とお思いになることは」
「ですからそれがよく分かりません」
「怖い」という感覚をお分かりではない方にどうご説明さしあげればよいのか……
「少しお待ちください」
ミーヤはしばらく考えた後、何かを決断したようにそう言うと侍女部屋へ行き、水がたっぷりと入った大きめの
「何をするつもりなのです……」
キリエが顔を
重そうに水が入った桶を食卓の上に置く。
「今から私が水に溺れるということをお見せいたします……」
「ミーヤ!」
やはり思っていた通りだ。
キリエが急いで食卓に駆け寄る。
「馬鹿なことはおやめなさい!」
「いえ、見てご理解いただかないと私にはご説明してさしあげられません」
きっぱりと言う。
「シャンタル、どうぞご覧ください、これが溺れるということでございます」
そう言うなりガバリと水に顔をつけ、思い切り水を飲み込む。
ミーヤの口から、鼻から、水が入り込む。
たまらず桶から顔を上げ、ごぼごぼと咳き込むが、またもう一度桶に顔を漬け水を飲み込む。
「おやめなさい!」
キリエがミーヤを抱え込んで止める。
ミーヤは返事もできずに咳き込み、水を吐き出すが、それでもまだ顔を漬けようとする。
「お願いですやめて!」
キリエが必死でミーヤにしがみついて止める。
「やめて!」
ミーヤがなおも顔を漬けようとするが、激しく咳き込み水を吐き出すだけで思うようには動けない。
「やめて、お願い……」
そう言ってキリエが気づいたように桶を突き飛ばして食卓から落とす。激しい音を立てて桶が水を
「やめなさい! 頼みます……」
ミーヤの背を叩き必死で水を吐き出させようとする。
「シャンタル、ご覧になりましたか? ミーヤが今やってみせたこと、これが湖の中で起きるのでございます。シャンタルはこれ以上にお苦しみになり、そして命を失い死ぬのです。それが湖の底に沈むということでございます!」
キリエが涙ぐみながらシャンタルに訴える。
「どうぞミーヤの思いをご理解ください。これほどまでに苦しんでまでシャンタルに怖さを知っていただきたい、そう思った小さな侍女の思いを……」
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