15 はまり役
なぜリルをシャンタルの私室に呼んでそんな話をさせたのか、それは第一にはシャンタルにもっと広い世界のことを知らせるためである。
キリエとミーヤだけではほぼ宮の中のことしか教えては差し上げられない。リルは宮の中にいても王都に、すぐ近くに住む家族としばしば連絡を取り合っていて外の事情にも明るく、そして「お茶会」で分かったことだが、何より話し上手である。シャンタルの知りたいという欲求を満足させるにはうってつけの相手であろう、ということになった。
思った通りシャンタルはリルの話に夢中になった。まさか結婚などという宮の中ではまず出てこない話題がいきなり出てくるとは思わなかったが、一気に世界が広がったことは間違いない。
そしてまさか、男女というものがあるとこんなにさらっとお知りになられるとは、思ってもみなかった。
いつかはシャンタルが男性であるとお知らせしなくてはならない、それをどうするかを2人で話もしたがどうして説明するかの取っ掛かりすら浮かばなかった。
第二にはさりげなくトーヤの話題を出すためである。
リルとの会話にトーヤの話題が出れば、シャンタルも興味を持たれるかも知れない。
もしかすると、これまでの嫌な思い出とは別にトーヤのことを知っていただける可能性もある。その上で親しくなれたら、すんなりと助けてくれるようにと頼める可能性も出るのではないか、そう思ってのことであった。
リルにはそのあたりの事情は一切知らされていない。それなのに自然に「お茶会」のメンバーに入っていたのも不思議ではあるが、このために選ばれた、やはり「運命」の持ち主であったのかも知れないとミーヤは思った。
リルにはこの役目を務める上でいくつかの約束事を伝えてあった。
まずはマユリアとラーラ様のことは話題に出さないこと、出た場合は流すようにと言ってあった。
次にこの室内でのことは誰にも話さないことである。ミーヤと話題にする場合にも他の人間に聞こえる場所では話題に出せないこととなる。
それほどの役目とは何なのか。そう思って気を失いそうになるほどの緊張でシャンタルの私室に入ったリルであったが、それがまさかシャンタルのお話相手であるなど想像もつかないことであった。
リルはキリエとミーヤが思った以上のはまり役であった。シャンタルは
「そうなの……まだまだ世界にはシャンタルが知らないことがいっぱいあるのね」
そう言ってほおっとため息をつく。
「はい、リルのお話を聞けてよかったですね」
「うん、楽しかった」
「ですが、リルには他にも客室係というお務めがあります。客人のお世話もリルのお役目ですから、そろそろそちらに戻ってもらわなければなりません」
「客室係? 客人って?」
思った通りにまた新しい言葉に興味を持つ。
「はい、今、前の宮には3人の客人がおられます。そのうちお一人は次代様のお父様です。その他に、この度、新しく
「ダル知ってる、漁師の人でしょ。でも月虹兵って?」
「はい、このたび新しくできました役職です。ダルのように衛士でも憲兵でもない一般の人が、宮と民とをつなぐお役目として働く兵です」
「新しいお役目なの?」
「はい」
「もう一人の客人も月虹兵なの?」
「いいえ」
ミーヤは気を引き締め、
「トーヤ、と申しまして、もう1人は託宣の客人として宮に参りました。シャンタルが託宣なさった『
「助け手……」
シャンタルが可愛らしく首を傾げる。
横髪がさらりと褐色の美しい顔にかかった。
「助け手って、何をする人?」
「シャンタルをお助けするためにこの国に、宮に呼ばれたようです」
「そうなの? シャンタルを助けてくれるの?」
「はい」
しっかりとトーヤに良い印象を持っていただきたい、そんな願いを込めてトーヤのことを紹介する。
「トーヤは外の国から来た人で、外の世界のことをたくさん知っておりますよ」
「そうなの?」
シャンタルが目をキラキラさせる。やはりもっとたくさんのことを知りたいのだ。
「トーヤともお話できる?」
「はい、今はまだ無理ですが、そのうちに」
「どうして今は無理なの?」
「トーヤは男の方なので、奥宮には来てもらいにくいのです」
「そうなの?」
「はい」
「どうしたらお話できるの?」
「そうですね、シャンタルが前の宮にお出ましになって、謁見の間でならお話できるかも知れません」
「そうなの? じゃあ謁見の間でお話ししたい」
「はい、そのうちに」
ミーヤはにっこりとそう答え、
「では、そろそろ時間ですので廊下までリルを送ってまいりますね」
「分かった。リル、お話楽しかった」
「あ、ありがとうございます」
リルが急いで
「またお話してね」
「はい、ぜひ!」
ミーヤはシャンタルにソファで待つようにと言い、リルを廊下まで送って出る。
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