14 生まれた意味

「でもルギもやめてくれって言ってたじゃねえか、それって痛みを感じてるってことになんねえか?」

「違うな、あいつはマユリアが苦しむだろうことに苦痛を感じてるだけであって、仕事自体に痛みを感じてるわけじゃねえ」


 トーヤがばっさりと切り捨てる。


「あいつは今、俺のことを殺したいほど憎いと思ってるはずだ。だけどマユリアが止めたら殺せねえ。いくら八つ裂きにしてやりたいと思ってもな。愉快だよなあ」


 トーヤがケラケラと笑った。


「いや、笑える話じゃねえだろう、殺すって……」

「そもそも、あいつには人なんか殺せねえって」

「そうなのか?」


 ダルが不安そうな顔になる。


「でもよ、マユリアが命令すりゃやるんじゃねえの? トーヤの説に従うと、だけど」

「まあ命令されりゃやる可能性はあるな。だがその命令がまずねえからな」

「そりゃまそうだろうけど」

「いいか、ダル、簡単に人を殺せる人間なんてほとんどいねえんだよ。中にはそのことに楽しみを覚えるような異常な人間は確かにいるが、そういう異常者でない限り好んでやろうってやつはまあいねえ」

「そうなんだろうとは思うよ」

「だろ? ルギはそれとはまた違う異常だからな、マユリアが本気で命令すりゃそれこそ苦もなく殺すだろうよ」

「えらい言い方だな……」

「だがそうだろ? だから『あれ』を沈めろって命令されたら、マユリアが苦しんでることには苦痛を感じるだろうが、本気で沈めたいと思ってたら迷いなく沈める、その仕事に苦痛なんて感じねえんだよ」

「言われてみればそうなのかも……」

「だから仕事自体に苦しみを感じてもらう」


 トーヤがもう一度きっぱりと言う。


「受け取った金のことを思うたびにな、マユリアに金で動かされた、そう思って苦しむだろうよ。俺はその痛みがほしかった」


 ダルが黙ってトーヤを見る。


「それほど苦しいんだな、トーヤ……」

「まあな……それに不公平だろうが」

「え?」


 ダルが意味をはかりかねる。


「どれだけ望んでもどれだけ死ぬほど走っても助けられない命もあるんだ。それを運命だの託宣たくせんだのってつぶやくだけで当然のように助けてもらえる命もある、不公平だ……」

「トーヤ……」

「まるでフェイがあいつのために生まれてきてあいつのために死んだみたいじゃねえか……」

  

 千年前の託宣、その中で「黒のシャンタル」のことが予告され、十年前の託宣、その中で対の棺の予告がある。


「それってつまり、千年前からフェイが死ぬことが決まってたことみてえじゃねえか……だったら、あいつは何のために生まれてきたんだ?」


 ダルには答えられなかった。


「マユリアに聖なる湖の水をんで飲ませれば、もしもフェイが死ぬ運命じゃなければ正せるかも知れないって言われてな、それで走って汲みに行ったんだよ。おまえが見たあそこでの俺とミーヤ、あれは本当のことだ」

「あれが?」

「そうだ。それが、俺がフェイの運命を曲げてでも助けたい、そう思った気持ちがよこしまだって言われて湖にたどり着けなかった。それで頭にきてな、本当に死ぬ寸前まで走って走って……それをミーヤが助けてくれて、そうしてやっと水を汲んだところをおまえが見たんだよ」

「なんだよそれ」

「つまり、あの森、あの湖は普通の森や湖じゃねえ」

 

 ダルはぞっとした。

 あれから何度かトーヤともあそこに行ってみたが、見る限り普通の美しい森、美しい湖だ。それがそんなものだったとは……


「そこまでして必死に助けたいと思ったのにだめだった。決められた運命は曲げられないんだとさ」

「そんな・・」

「運命ってなんなんだよ? まるであの棺のためにフェイが生まれてきたみたいじゃねえかよ」


 トーヤの言う通りのようにダルにも思えた。


「違うだろ? フェイはフェイで精一杯生きた。あれがフェイの人生だった、そう思うためにはあいつらにも必死で自分らの運命を選んでもらうしかねえんだよ。だから選んだ結果によっては……仕方ねえ……」


 ダルは、ようやくトーヤの言っている意味を理解できた気がした。


「俺の単なるひがみだと思ってもらっても結構だ、実際そうだしな……だから俺は、どんだけ苦しかろうが、それがあいつらの選んだ運命なら、受け入れてあれが沈むのを見届ける。それが運命ってやつだって言うならな」

「トーヤ……」


 ダルには何も言えなかった、ただ、


「分かったよ……でも俺は俺であれを引き上げる努力をするぞ。誰のためでもない、トーヤのためにな。あのかたがそうやって自分の運命を選ばれたならそれはもう仕方がない。だけどトーヤのためだ。俺はトーヤのために最後まで努力する。それは許してくれるんだろ?」

「ダル……」


 しばらくじっとダルを見つめた後、トーヤはこっくりと頭を縦に振った。


「だけどな、さっきも言ったようにあそこは普通じゃねえ、それはちゃんと覚えておくことだ。俺でないと助けられないだろうってのもその上で言ってんだ。おまえが危険だと思ったら、いくらおまえが俺のためにと言っても殴ってでも蹴ってでも俺は止めるからな。俺もおまえが大事だからだ、覚えとけよ?」

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