13 痛み
トーヤは黒い棺を見たその翌日から、それを引き上げるための作業に入った。
ダルと共にカトッティの船具屋へ出向き、そこで丈夫で扱いやすい
大きな船が着く港町だけあり、様々な綱を売っていたが、単に丈夫なだけではなく、柔軟性がありできれば軽い方がいい。
リュセルスに移動して綱の先に付ける
他にも棺を縛るための
「買うものはこれぐらいでいいかな。後はあの輪っか、あれをもう少し大きいのと取り替えるか。ってか、あれ作った職人とかに頼めるのかな」
「どうだろうなあ、十年前だろ? 誰が作ったとか分かるのかな」
「そりゃあんな特殊なの作ったやつは覚えてるだろうが……まあ誰に頼んだか帰って聞いてみるか」
「そうだな」
2人でそんな話をしながらぼつぼつと町を歩く。
「そういや、この前ここらへんぶらぶらしたのはいつだったかなあ」
トーヤがふとつぶやく。
「俺とは来るの初めてだもんな」
「そうだな」
キノスに行く時に王都に遊びに行くとリルに言って出てきたが、考えてみればこうして2人で町を歩くのは初めてであった。
「あー多分フェイも一緒だったな。ルギの野郎もいてミーヤと4人でどこってことなく歩いたりしたな」
「そうか」
つい数ヶ月前のことなのにもう何年も前のことのように思える。それだけ状況が変わってしまった。あの日々の先にこんな日がつながっているとは誰が考えただろう。
「あれから後、用があって来たことはあったけどゆっくり歩くってのは本当に久しぶりだ」
「そうか」
知らぬ者が見れば仲のいい友人同士がシャンタルの交代を間近に控え、浮かれて町をさまよっているように見えるかも知れない。それほどゆったりと2人で歩く。
ダルがトーヤをそっと見る。
トーヤの表情からは何も
「ん、なんだ?」
トーヤがダルの視線を感じて言う。
「いや……トーヤが何考えてるのかなと思ってな」
ダルが素直に答える。
「何って……仕事を無事に終わらせたいってことかな。それと帰ったら経費はちゃんと請求しねえとな、とか」
ふざけるように言う。
「仕事を終わらせるってことはさ……」
後半を濁してダルが言う。
「ん? そりゃ状況によりゃ、だよ。そうなりゃやるってことだ。まあそう簡単じゃねえってのは分かってるがな」
「そうか」
ということはトーヤはシャンタルを助ける気があるってことだとあらためて考え、ダルはほっとした顔をする。
「間違えるなよな? あくまであいつが頼みにくりゃ仕事になるってことだからな?」
ダルにもキリエに対してと同じような返事をする。
「分かってるよ。そんでそのためにみんなががんばってるのも分かってる」
「その口調、おまえはあいつらが何してるか知ってるみたいだな。俺は聞いてないし知るつもりもねえけどな」
「トーヤはそれでいいと思う。それ以上苦しむ必要ないからな」
トーヤはダルを振り向くこともなく一つ伸びをすると、
「そのへんでなんかうまいもん食って帰ろうぜ、そんで帰ったら寝る」
笑いながらそう言った。
「そういや」
ダルが思い出して言う。
「経費って言ってたけど、トーヤ、前金まだ受け取ってないんだってな?」
ダルはあの後カースから戻ってキリエの部屋に行った時に「お約束のお金です」と言われて受け取った。
「俺、てっきりトーヤはもうもらってるもんだと思ってたから受け取ったんだよ。なんで受け取らねえんだ?」
「ああ、そりゃルギが受け取ってないからだな」
「そうなのか?」
「ああ、あいつ、あの後から姿消してるからな。受け取る気があるなし関係なしに受け取れねえだろ?」
「関係なくもらやいいじゃねえか」
「そうはいかねえ」
トーヤが表情を固くする。
「俺が受け取ったって聞いたらあいつそのまま受け取らない気がするからな」
「かもなあ……」
ルギはマユリアのためとあれば自分の命すら惜しくない、マユリアのために差し出すものはあれど受け取るものは何もいらないという人間だとダルですら分かった。
「なあ、なんでルギに金受け取れって言ったんだ?」
「あの時も言っただろ? 一つは嫌がらせだ」
「最悪の嫌がらせだな……」
「だろ?」
ニヤッとトーヤが悪そうな顔で笑った。
「いいじゃねえかよ、あいつはタダ働きでも」
「それじゃ意味がねえ」
トーヤが真面目な顔になる。
「今度の仕事は普通の仕事とは違う。あいつは何やったってマユリアのために動いてるんだからな。それこそ何やろうとマユリアのためなら痛みも感じねえし迷うこともねえ。だから今度は金のために動いてもらう。あいつがそのつもりなくても俺と一緒の場所に立ってやることで苦痛を感じるだろ。その痛みを感じてもらうためだよ」
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