11 昇進

「ルギに、ですか?」


 ミーヤが不思議そうに聞く。


「ええ、王はマユリアとルギの間を疑ってらっしゃるようです」

「ええっ!」


 ミーヤは驚いたが、世間的に見るとそう見る向きがあってもおかしくはない。それほどルギはマユリアに深く忠誠を誓い、離れることなくおそばに控えている。それを知っているからこそ、ミーヤは以前トーヤがルギに殴りかかろうとした時、命にかけてもマユリアのめいを守ると止めたのだ。


「何しろ衛士えじになった経緯も特別でしたしね」


 通常、衛士になりたい者は侍女と同じく募集に応募してくるか、もしくはこれも行儀見習いの侍女と同じく誰かの推薦などで入ってくることが多い。他に憲兵やその他の警備の者と同じく兵学校を出てそこから選ばれる者もいる。


 だがルギは、いきなり奥宮に現われ、マユリアの鶴の一声で衛士見習いえじみならいとしてその日から宮に仕えることとなった。どこの何者かも分からない者に教育をほどこすようにと言われ、周囲が渋々しぶしぶながら学問や剣を教えると、それこそ寝る時間も惜しいかのように学び、鍛え、あっという間に以前よりいた衛士たちを飛び越えるほどの実力を見せるようになった。そうしてやはりマユリアの勅命ちょくめいで第一警護隊に所属し、あれよあれよという間に隊長に任命されてしまったのだ。

 本来なら隊長職はそれなりの地位に就く者が拝命するものだが、そういうわけでルギは無冠の平衛士ひらえじの立場のまま隊長になった。だが、その実力と誠実な人となりゆえ、同隊に所属した衛士たちは心からルギを尊敬し信頼している。


「なので、マユリアが後宮に入る為に交わした約束の一部にルギのことも入っているのです」

「どのようにですか?」

「ルギに正式に兵としての立場を与えること、正確には隊長職にふさわしい地位を、です」


 宮にいる間はマユリア直属ということで身分や地位がなくとも隊長を勤められたが、宮を出て他の場所ではやはり平衛士ひらえじのままである。マユリアに付いて後宮直属に移動になるにおいて、正式の官職に付けるようにとマユリアが条件をつけたのだ。

 王宮はその要求を飲み、今の第一警護隊をそのまま後宮のマユリア付きに移動すると決めた。

 だが、そのマユリアの厚遇こうぐう故に王はルギがマユリアとただならぬ関係ではないかと疑っているらしい。


「さすがに宮の中で、特にマユリアのお立場ではあり得ぬことですが、王が疑う気持ちも分からないではない、という空気があります」

「そうだったのですか……」


 時々、侍女と衛士が気づけばそのような仲になっていたということで懲罰ちょうばつを受けたりすることはあるらしいが、大部分はその後侍女が宮を辞し、家庭を持って幸せになっていると聞いてはいる。どの程度まで事実かは分からないが、ミーヤはそう聞いたことがある、という程度である。それほど厳しく衛士が宮の女性と親しくならないようにと気を配られている。


「使者がマユリアとの面会を求めてきて、今はおこもりをなさっているのでとお断りをしています。ですが、ルギと逃げたのではないか、と……」

「まさか、そんなこと」

「ええ、ありえません。ですが、人というのは疑い出すと切りがないものですからね……」


 王ともあろう者がそんな小さな心をお持ちとは、とミーヤは驚いた。


「まあ、王と言えども所詮しょせんは一人の人間ですからね」


 キリエがミーヤの心のうちを知るように言った。


「ですから、そのことも含めて一度マユリアとお話をしてこようと思います」

「はい……」


 ミーヤにはそうとしか言えなかった。


 その夜、キリエは7日ぶりにマユリアと会って話をし、翌日王宮からの使者にこう答えた。


「ただいまは重要なお籠り中です、どなたともお会いいたしません。あと数えるほどの日々とはいえわたくしはマユリアです、もしもご信頼いただけないと申されるのなら約定やくじょうはなかったこととしても構いません、とお伝えください、とのことです」


 この言葉を使者は飛んで帰って王に伝えた。

 このおよんでマユリアにそでにされるなどということは王の名誉に関わることだ。何よりマユリアを手に入れられぬなどという事態だけは避けたい。

 そうして王宮は沈黙した。


 が、ただ一つだけ、マユリアではなくキリエに、という形でと追加の質問が来た。


「ルギがどこにいるのか、ですか?」


 キリエは使者に向かってわずかに眉をそばだて、はあっと情けなさそうにため息を一つついた。


「まだそのようなことを……ですが、お相手がお相手、使者殿のお立場もありましょう、特別に侍女頭の権限でお答えします。ルギはただいまマユリアの勅命で宮の外でお役目についております。内容までは申せませんが今の時期にとても大切なお役目です。これでよろしいですか?」

「は、はあ……」


 と、使者がなんとも言えぬ返事をする。


「もう一つ私からの忠言ちゅうげんとして申し上げます。マユリアの信頼を得たいとお思いなら、先に誠意をお見せになるとよろしいかと。度量どりょうの広いところをお知りになられたら感心なさると思いますよ」


 使者が戻って王にそれを伝え、マユリアの後宮入りより一足早くルギの昇進しょうしんれがあり、ルギは隊長にふさわしい地位を得ることとなった。

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