10 7日間

 シャンタルがマユリアとラーラ様から切り離されて7日が経った。


 その間、自分を取り戻したシャンタルは面白いように色んな知識を吸収していき、まだまだ幼いところがあるとはいえ、他人とある程度の会話を交わせる程度には成長した。


「ミーヤ、これはどうするの?」

「これはですね、こうして……はい、リボンが結べました」

「ありがとう」


 表情は相変わらず乏しいが、やってもらったことに礼を言うまでになっている。

 見ているだけなら大変愛らしく、また美しい子どもであるので見惚れてしまうこともある。


 ただ、今でもやはり頭の中でマユリアとラーラ様に語りかけているらしい。そうして返事をもらえないとため息をついたりもする。

 そんな時には胸が痛むものの、シャンタルのため、と歯を食いしばるようにして見ぬ振りをする。


「とてもお可愛らしくて心が溶けそうなほどです……ですが、求めているのはそうではないのです」

「はい……」


 この後はシャンタルに自分が置かれている今の状況を知らせ、トーヤに助けを求めさせなければならない。どのようにその話をすればいいのか、キリエが深いため息をつく。


「つらいことです……」

「はい……」


 今、やっと知った新しい世界の色んなものに夢中になっているシャンタル、見るもの聞くもの全てが輝いて見えるに違いない。そのシャンタルに残酷ざんこくな現実をどうやって知らせるべきか。


 すでに交代の日までは14日と期限きげんが迫っている。そしてカースにいらっしゃるラーラ様はともかくも、懲罰房ちょうばつぼうの暗闇で息を殺しているだろうマユリアを思うと一刻も早く今の状態をお知らせしたい。そうは思うものの、いつ、どうやって知らせるべきか。


 2人がそう頭を悩ませていた7日目に2つの事件が起こった。


 まずシャンタルがとうとう直接こう聞いてきたのだ。


「ミーヤ、ラーラ様とマユリアはどこにいるの?」

「シャンタル……」


 もしかするとずっとずっと聞きたかったのかも知れない。その方法を思いつき、実行に移すまでに7日かかってしまったのだろうか。


「どこにいるの?」


 小首こくびかしげ、心配そうな顔でミーヤに聞く。


「シャンタル、申し訳ありません。私にもどこにいらっしゃるかは分からないのです。ただ、お二人ともシャンタルの御為おために今は我慢して離れていらっしゃるのですよ」

「ラーラ様もマユリアも、お返事をしてくれないの」


 ということは、やはり心の中で2人に話しかけ続けてはいるのだろう。


「ラーラ様、マユリアって呼んでもお返事がないの」


 一生懸命に今の状況を説明し、なんとか2人のことを知りたいという気持ちが伝わってくる。


「お二人ともお返事を我慢されているのですよ。シャンタルももう少しだけ我慢なさってください」


 ちょうど部屋へ戻ってきたキリエがそう言った。


 キリエにそう言われてしゅんとしたように下を向く。


「さあ、今日はどんなことをお勉強なさったのですか? キリエにも教えてくださいな」


 そう言われると表情が明るくなり、一生懸命にミーヤに読んでもらっていた本の内容を話し出した。小さな子が母親に読み聞かせてもらった絵本の内容を話したがる姿に似ている。


 その夜、シャンタルを寝かしつけると応接で2人で色々と話をする。


「そうですか、お聞きになったんですね」

「はい……どうお答えしたものかと困っていたところにキリエ様がお戻りになられて助かりました」


 日々は2人の家族のことを全く忘れたように楽しそうに過ごしているものの、やはり心の奥底ではずっと気にしていたのだろう。


「一度、マユリアにお会いしてこようと思います……」


 とうとうキリエがそう言った。


「シャンタルは本当によく成長されました。まだ年齢に追いつくほどとは言えませんが、本当にお可愛らしく、すぐにでもお二人に見せてさしあげたいほどです」

「はい」

「それに、もう一つ困ったことが起きました……」


 キリエがふうっと息を吐く。


「王宮から問い合わせが参りました……」

「え?」


 どこからどう話が回ったものか、王宮にマユリアがどこかに姿を隠していると伝わったようだ。

 その話を聞いた王が事実を確かめるようにと使者を正式に寄越したのだ。


 元々、マユリアがその座を降りた後、我が物にしたいと言う者は山程いた。その中でも有力な貴族、大商人、政治家、その他の権力を持つ者たちは早くから何度も謁見を求めたり、シャンタルの託宣をいただきに来たりと競うように宮に足を向けてきてはいたのだが、いつからか王と世継ぎの王子の2人がそれをあらわにして争う気配を見せるとその者たちの多くは競争から引いていった。

 その後、王の権限で無理やりのように王子を黙らせるようにはしたものの、今もそのことで2人の間にはギクシャクした空気があるとのことだ。


「それゆえ、王は王子が何かしたのではないかお疑いのようです。それと、ルギが姿を消したこと、それにも疑念を抱いているとか……」


 王はずっとマユリアのそば付きのルギに不審の目を向けていたようだ。

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