15 逆
「もう普通に戻ってらっしゃいますね、よかった」
ミーヤがそう言いキリエが手を放そうとするのだが、それだけが唯一のものという感じで放そうとはしない。
「シャンタル……」
声をかけながらキリエが思い切ったように左手をシャンタルの背中に回す。
一瞬ビクッとしたが、その手が今握っている右手と同じ人間のものだと分かったようで、そのまままた力を抜いた。
「そろそろお目覚めの時刻です、寝台から降りて朝のお
そう言いながらシャンタルの背に深く手を入れる。
左手だけで抱き起こそうとするが、力が足りず思ったようには起こせない。
「ミーヤ、おまえも頼みます」
「はい」
ミーヤはどう動こうかと少し考え、思い切ったように、反対側に回って寝台の上に上がると、
「失礼いたします」
そう声をかけてシャンタルの左側から背中に右手を差し入れた。
またシャンタルがビクッと体をこわばらせ全身を固くする。
見えていない、聞こえていないとすれば、暗闇でいきなり誰かに触れられるようなもの、こうなるのも仕方がないのかも知れない。
「シャンタル、ミーヤです。何度かお話をさせていただきました。今はシャンタルのお世話を仰せつかっております。どうか怖がらないで下さい……」
祈るように声をかけ、右手に力を込め、キリエと一緒に上体を起こした。
そうされることでシャンタルはミーヤの右手が何をしようとしたのか理解したようで、やっと力を抜いて寝台の上に上体を起こして座る姿勢になった。
「おはようございます。朝のお支度をして朝ご飯をいただきましょうね」
優しく声をかけ背中をさする。悪意も敵意もないことを伝えなければ。
きれいな流れるような銀髪が褐色の美しい顔を
すぐそばで
シャンタルは目をパチパチしてじっと正面を見ている。
なんとかこちらを見てはいただけないものだろうか、そうミーヤは考えていた。
「シャンタル。ミーヤです、おはようございます」
もう一度声をかけるが反応はない。
「まずは起きていただきましょう、それからです」
キリエがそう言ってミーヤの手を借り、シャンタルを自分の方に向け、足を寝台から
「本当に年をとると言うのは情けないものですね。以前はこのようなこと1人でもやれましたのに、今はその力がなくなってしまって」
「キリエ様もシャンタル付きをやっていらっしゃったのですか?」
後ろからシャンタルの背を支えるようにしながら、ミーヤが聞いた。
「ええ、侍女頭になる前です。ラーラ様が御誕生の後シャンタル付きとなり、幼い頃からお世話をさせていただきました」
「そうだったのですか」
キリエは宮に上がって五十年以上になる。数字にするとなんとなく分からぬことはないが、まだ16歳になったばかりのミーヤには、とにかく長い年月だということ以外、現実的に理解できなくとも無理はない。
「キリエ様がラーラ様のお母様のようなものだとすると、シャンタルにとってはおばあさまに……あ、失礼いたしました!」
ふと言ってしまったことを失言と思ってミーヤが急いで謝る。
「本当のことですよ」
そう言ってキリエが朗らかに笑った。
「恐れ多いのを承知の上で申しますが、シャンタルは私にとっては孫のような方、自分の身を代えてでも助かっていただきたい。そのためなら何でもいたします……」
シャンタルに上靴を履かせ、寝台横に立たせる。
「さあ朝のご用意をいたしますよ。ミーヤも付いてきてくださいね、色々と覚えなければいけないこともありますしね」
「は、はい……」
いたずらっぽくキリエが言うのに、その意味を知ってミーヤが少しだけ赤くなり下を向いて答えた。
キリエがさらに笑う。
そうして2人でシャンタルの身を整え、ミーヤは本当にシャンタルが、当代が男の子であると知った。
「あの、本当に男性でいらっしゃったのですね……」
赤くなりながら言うミーヤにキリエがまた笑ったが、真面目な顔に戻ると言った。
「お生まれになった時には声も出ないぐらい驚きました……ですが、昨日マユリアがおっしゃっていたように、そのような理由でお生まれになったからなのですね、やっと理解できました」
「キリエ様もご存知なかったのですか?」
「ええ。というか、今でもなぜ力をお出しするのに逆である必要があったのかは分かっておりません」
「はい……」
「ただ、そのために必要であった、と分かっただけです」
キリエが
もうすっかり着物も整えられ、いつもの生き神シャンタルである。
そして表情もいつもの通り……
「なんてご
キリエがシャンタルの髪を撫でながら言う、
「お心を、トーヤにお心をお開きください。ご自分の運命を切り開いてください……」
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