6 眠り
静かであった。
ミーヤは豪華な寝台の傍らに腰をかけ、眠る子どもをじっと見つめていた。
薄く、近づけばやっと相手の顔が見えるぐらいの明るさにランプが調節されている。
(この方は……)
ミーヤは呼吸のたびに持ち上げられる布団の下の胸の動きを見ながら考えた。
(今はこうして眠っていらっしゃるけれど、お起きになられても眠っているのと同じなのかも知れない)
マユリアが言っていたこと、シャンタルが見ること聞くこと話すことを、
「わたくしとラーラ様の体を借りてなさっていた」
それが本当だとしたら、ずっとこの美しい肉体の中で眠っているのと同じなのかも知れない、そう思ったのだ。
こうして見ているだけならば、美しいだけの普通の子どもなのに、そんな不思議なことがあるのだろうか……
マユリアは「一刻も早く切り離す」と言っていた。ならば、今頃マユリアやラーラ様はシャンタルから距離を取るために急いで動いているのだろう。
マユリアは宮の中のどこかへ自分を閉じ込め、そしてラーラ様と2人の侍女は宮から離れたどこかへ移動している頃なのだろうか。
もしもシャンタルが目を覚ましたら、自分の目や耳がいなくなったことに気がついて探すだろう。そうなったら近くにいると探して見つけ出してしまうかも知れない。だから急いで手の届かないところへ行ったのだろう。
ならば、少しでも長く眠っていていただきたい。
置いていかれたことを知るのは少しでも後の方がいい。自分の家族に置いていかれたことを知る前に、せめてゆっくりと休んでほしい。そう思った。
(本当は一刻も早く目を覚ましていただいて心を開いていただかないといけないのだけれど……)
そう思いながらも静かに眠る子どもを見つめ続けていた。
それからどのぐらいの時間が経っただろうか……
ミーヤの目の前の子どもが目を覚ます気配を見せた。
ゆっくりと顔が僅かばかり動き、長いまつげを持つ目が少しだけ開いた。
何回か薄くパチパチとまばたきを繰り返すと、やがてぼおっとまだ半分夢の中にいる緑の瞳が真上、
ミーヤは声をかけずにじっと見守った。
子どもはまだ何回かパチパチとまばたきを繰り返したが、やがて少しだけ、ほんの少しだけ首を傾けた。
首の動きに伴って視線が軽く右、今ミーヤが腰掛けているソファと椅子の中間のような家具の方を見た気がする。
もしかしたら、これはいつもラーラ様がシャンタルを見守る時に座っている椅子なのかも知れない。なのでこっちをご覧になったのだろう。なんとなくそう思った。
いつも一緒にお休みになってらっしゃるというラーラ様がどこで寝ているのかは分からないが、この場所にこんな椅子が置かれているということは、おそらくそのような目的で置かれているのだろう。
子どもはあまり動くことなく、ただゆっくりとパチパチとまばたきをしている。
表情はなく、何を考えているかは分からない。
だが、少しだけまばたきが早くなり、なんだか少しだけ困っているような顔に見えてきた。
もしかしたら……
ミーヤはふと思いついたことがあり、そっとそばを離れてそっと部屋を出ると、応接で待機しているキリエに声をかけた。
「どうしました?」
「あ、あの、もしかしたら……」
聞いてキリエは急いで寝室へ入っていき、しばらくすると少し笑った顔をして出てきた。
「そのようでした」
「やっぱり……」
ミーヤは自分の考えが当たっていたようでほっとした。
「そうですね、ミーヤには無理ですね」
そう言ってキリエがほほほと笑った。
「あ、あの、すみません……」
ミーヤが少し赤くなって頭を下げる。
ミーヤが思ったこと、もしかしたら用足しではないか、ということ。
もしもそうだとしたら困る。
男の子の手洗いなど、どうして連れて行っていいものか分からない。
くすくす笑うキリエとちょっと下を向いて赤くなっているミーヤ。
ほんの少しだけ空気が和んだ。
「あの、次からはどうすれば……」
「そうですね」
まだキリエが笑っている。
キリエがこれほど笑うところをミーヤは見たことなかった。
いつもキリエは無表情できびしい。シャンタルとはまた違う、すべてをはねつけるようなきびしい無表情しか見たことはない。鋼鉄の仮面を付けているかのような侍女頭の顔しか見たことがなかった。
「慣れてもらった方がいいのかも知れませんね」
「ええっ!」
驚くミーヤにさらにキリエが笑う。
この方はこんなに笑える方なのだ、と重ねて驚く。
「それで、あの、シャンタルは今は」
「またお休みになりました」
「そうですか」
時刻は夜半になろうとしているところか。
今日は色んなことがあり過ぎて時間が流れる早さが分からない。
おそらく夕刻よりかなり前にこちらに来て、その時にはもうシャンタルはお休みになっていた。
「今日は色々あってお疲れになったのでしょう。おまえもしばらく休みなさい、その間、私が交代します」
キリエがミーヤをいたわるようにそう言った。
まるで母のような表情であった。
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