5 西へ

 ダルは緊張していた。

 なぜならここはマユリアの客室、「お茶会」のために何度も足を向けてはいたが、本来なら自分などが到底入れる場所ではないのだ。

 さらにそこに先々代シャンタル、先代マユリアたるお方、ラーラ様と2人きりでいるなど、どこに身を置いていいのかすら分からない。


 ラーラ様はソファに座り、じっと軽く首を落とした方向を見つめている。何も話さず何かを考えているようにも見える。

 

 そうしていると扉が開き、マユリアとキリエが部屋へ入ってきた。

 ダルはほっとした。


「待たせましたね」

「い、いえ!」


 ダルが緊張して上ずった声でそう言うとマユリアが柔らかく笑った。


「ダルにはいつもほっとさせられます」

「え、え、あ、いや、もったいないです!」


 膝をつき、長い体を真っ二つに折るようにして頭を下げる。


「ほらまた、頭が痛くなりますよ」


 マユリアが笑って頭を上げさせる。


「時間があまりないので急いで話をさせていただきます。ラーラ様、しばらくの間この宮からお離れいただきたいのです」

「え……」


 ラーラ様が何を言われたか分からない顔をする。


「シャンタルがお心を開かれないのはわたくしとラーラ様のせいかも知れないのです」

「それは一体……」

「詳しくお話している時間はないのです、一刻も早くここからお離れください」

「待ってください」


 ソファから立ち上がり懇願するようにマユリアを見る。


「シャンタルのためと言うのならいつでもそうしましょう。ですがその前に一目でいい、シャンタルに会わせてください」

「それはできません」

「お願いです、一目だけ!」

「シャンタルのためです」

 

 マユリアが目を閉じゆっくりと左右に首を振る。


「ですが、もしものことがあれば、わたくしはもう二度とシャンタルにお会いすることが叶わなくなるかも知れない。一目だけ!」


 マユリアがまた首を振る。


「ダル」

「は、はい」

「ラーラ様をカースの村長宅に預かっていただきたいのです」

「ええっ!」


 ダルがこれ以上開けないというほど目を丸くして驚く。


「事情は話せませんがしばらくの間侍女を1人預かっていただきたい、こちらから連絡があるまでお願いする、そう伝えてください」

「で、ですが……」

「お願いです、その前に一目だけ」

「ラーラ様……」


 マユリアがラーラ様の手を取る。


「ラーラ様はシャンタルとお気持ちがつながっていらっしゃいますね」

「え……」

「それが、シャンタルのお心を開くのを邪魔しているのです」

「わたくしが、邪魔……」

「ええ、邪魔です。ラーラ様もわたくしも……」

「そんな……」


 がっくりと膝を落とし、ラーラ様が床に倒れ落ちた。


「ですから、カースの村長宅でもしもシャンタルのお声が聞こえても、決してお返事をなさらないように。それができない時には、もっと遠くに行っていただかねばなりません。声が聞こえて答えてしまいそうになった時には村長にそうお願いしてください……ダル」

「は、はい」

「おまえはラーラ様をお届けしたら、おまえの親兄弟の誰か信頼できる人にラーラ様のお願いがあったら、もっと遠くへ連れて行ってくれるように頼んで下さい」

「遠いところって、それは……」


 カースより遠い場所、それは海を渡るあの場所しかありえない。


「ええ、そうです」


 マユリアがダルの思い浮かべた場所を見えたかのように頷く。


「そして、もしもそこでもまだシャンタルのお声が聞こえたらもっと遠くへ、そこでもだめならもっと遠くへお連れいただきたいのです」

「マユリア……」


 ラーラ様が目に涙を浮かべてマユリアを見る。


「それほどまでにわたくしが邪魔なのでしたら、どうぞわたくしの命を奪ってください。シャンタルから離れるなど、わたくしにはできません、無理です……どうぞ、シャンタルの代わりにわたくしを湖に沈めてください……」


 完全に我を忘れてそう言うラーラ様にマユリアが首を振る。


「それができるのならば、わたくしだとてこの生命をシャンタルのためにいつでも差し出しましょう。ですが無理だとお分かりですよね」

「ですが……でしたらやはりもう一目だけ」


 マユリアにすがるようにラーラ様が言う。


「侍女ラーラ! 侍女頭として命じます、ただちにこの宮から去りなさい!」


 キリエがラーラ様を呼び捨てにして怒鳴りつけた。


「キリエ様……」

「侍女の行動についてはこの私、侍女頭のキリエに権限があります。マユリアの命に従えないと言うのなら、今すぐお務めを辞してどこへでも去りなさい!」


 ラーラ様はがっくりと頭をうなだれるとようやく弱々しく言った。


「……分かりました、ご命令に従います……」


 キリエが膝をつき、ラーラ様の手を取る。


「ラーラ様、申し訳ありません。ですが、シャンタルの御為です。どうぞお許しください」


 ラーラ様の手をぎゅっと握り頭を下げる。


「さあ、ダル、月虹兵としての最初の仕事です。ラーラ様をカースへ。そしてその後のことをよろしくお願いします。戻ったら詳しく説明はいたしますが、今は急いで、一刻も早くラーラ様を宮から遠くへ!」

「はい!」


 マユリアに言われ、ダルが支度のために客室から飛び出していった。

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