15 ニつ目の条件

「なんか気分がいいよな~」


 トーヤがニヤリとしてルギを見る。


「ついでに言っとくな、これは嫌がらせだ」


 ルギはトーヤから目を離さず睨み続けている。


「あんたにそんな顔させられるなんてな、いっつもいっつもすかした顔してるルギ隊長のそんな顔、部下たちが見たらどんな顔するだろうなあ……」


 クツクツとトーヤが笑う。


「俺は今、非常に気分がいい、いやあ、いい仕事を受けたもんだ」


 トーヤがシャンタルを助けると約束をしてくれたものの、空気が軽くなる気配はない。


「そうそう、2つ目の条件だ」

「ええ、なんでしょう」


 マユリアがいつもの顔に戻っていつものように聞く。


「へえぇ……あんたの番犬は今にも俺を噛み殺しそうな顔してるってのに、飼い主は平気の平左か……ほんと、大した女神様だ」


 一層ルギの顔が凶悪になる。


「おー怖い……これ以上言ったら本当に噛み殺されかねねえな……くわばらくわばら……そんじゃ2つ目の条件だ」


 トーヤが一層晴れやかな笑顔になる。

 だが、その笑顔には暗い色が張り付いている。


「俺はな、あんたらにいたく感心した……そこまで託宣に従順で運命に従順で、考えようによっちゃルギ隊長のマユリアに対する忠誠心よりさらにさらに上だ。本当に感心した。いや、託宣ってのはすごいもんだな」


 ふふふふ、と楽しそうに笑う。


「そこで、だ……俺もせっかくこの国に、この宮にいるんだからな、託宣ってのに従おうと思うんだ。あったよな、千年前の託宣」


 ガタリ、音を立ててラーラ様が立ち上がる。


「それは……」


 青ざめている。


「思い出しました? 確か……黒のシャンタルが助け手に心を開かない時は、助け手はシャンタルを見捨てる、だっけ?」


 その場にいた全員が息を呑むのが分かった。


「そう、黒のシャンタルに心を開いてもらいたい。そうだな、本人が直接俺に助けてくれって言ってくれりゃそんだけでいい。簡単だろ?」

「トーヤ、それは……」


 ミーヤが信じられないという顔でトーヤを見る。声が震えている。


「なんだ? どうかしたか?」


 トーヤがつらそうにミーヤを見、そしてふいっと横を向いた。


「……俺はな、あんたらが本当に胸糞悪い……託宣のためなら、運命のためなら大事な人間の命を奪っても構わない……本当にけったくそ悪い……だがな……」


 キッとシャンタルをにらみつける。


「だが、一番胸糞悪いのはこのガキ、このクソガキだ……生き神だ? 託宣だ? おまえ、そんなことによくも俺を巻き込みやがったな……」


 気持ちを押さえるように大きく息を吸う。


「おまえ……ずっとそうして全部人におっかぶせて、それで生きてるつもりか? 見ててイライラすんだよ、一度でも自分で自分の運命を決めたことがあんのか、え?」


 シャンタルは何も答えない。いつものように正面を見つめているだけだ。


「おまえの周囲のお姉様方はなあ、おまえを大事大事と言いながら、託宣だの運命だののためにおまえを殺そうとしてんだぞ、分かってんのか、え?」


 沈黙が続く。


「俺には大事な子どもがいた。フェイって言ってな、よく俺になついてくれた。かわいかった。どうせ助けるなら俺は今でもフェイを助けたい。お前を助けるぐらいなら代わりにフェイを返してもらいたい、今からでもな」


 トーヤが立ち上がりシャンタルの正面に立つ。


「だからな、おまえ、自分の運命は自分で決めろ。聞こえてるよな? おまえが、その口で、俺に直接、助けてくれって言ってみろ。おまえが自分で頼まない限り俺はおまえを助けない」


 ラーラ様がシャンタルの手を握ったままぐったりとその手の上に倒れ込む。


「シャンタル……」


 トーヤは非情な目でラーラ様を見下ろした。


「おまえが自分で決めるんだ、生きるか死ぬかをな……おまえが頼まない限り、俺はおまえを助けない……分かったな?」

「トーヤ、お願いです、シャンタルを助けてください……」


 ラーラ様がかすれた声で言う。


「断る。さっきも言ったがこいつが自分で頼まない限り、俺は目の前でこいつの棺桶が沈んでいこうと知ったこっちゃない。じっと見ててやるよ、こいつが苦しんで死ぬのをな」


 ラーラ様が声をしのばせて泣き始めた。


「お願い、お願いです……」

「だめです。シャンタル本人に言わせてくれ」


 冷たく突き放す。


「これが2つ目の条件だ。これが飲めるなら俺はいくらでも仕事をしてやる、分かったよな、マユリア」


 マユリアは答えない。


「交代の日はいつだ?」

「……21日後と決められました……」

「21日後、か……じゃあ多分、その翌日に沈めるんだな」

「そうなります……」


 マユリアが消え入りそうに答えた。


「じゃあその日が期限だ。最後の最後まで待ってやるよ。そうだなあ……棺桶が沈んでおまえが完全に息絶えるまで、だ。それまでに俺に助けてって言ってみろ。もしも言えたら、それこそ湖の底に沈んでいたとしても飛び込んで助けに行ってやるよ」


 トーヤがシャンタルに顔を寄せて確認するように言う。


「分かったな、お前が息絶えるまで、だ。よく覚えておけクソガキ……」

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