14 一つ目の条件

「こりゃ驚いた!」


 トーヤが芝居じみた言い方に身振り手振りをつけて続ける。


「なんと、この女神様はどうあっても人殺しをやると宣言なさった! 忠実な愛犬の血を吐くようなお願いを足蹴にしてもな!」


 誰も何も言わない。


「さすがだよマユリア、あんたには感心する」


 ふふっと笑って椅子に背をもたせて座り直す。


「あんたらの覚悟のほど、よ~く見せてもらった。そうか、そうまでしてシャンタルを殺したいのか、こりゃまいった」

「トーヤ……」


 ミーヤがトーヤを見て痛ましそうな目をする。

 前に「悪者のような言い方」と止めた時と同じ目だった。


「勘違いするなよ? 俺はな、こいつらのお願いを、仕事を受けてやる決心をしたって言ってるんだ」

「トーヤ!」


 ぱあっとミーヤの表情が明るくなった。

 だがトーヤの目はそれを制するようにじっとミーヤを見る。視線を外さぬまま続けた。


「いいだろう。マユリア、あんたらの仕事、受けてやるよ。湖に沈められるシャンタルの棺桶を引き上げて助けて逃げりゃいいんだろ?」

「助けてくれるのですか?」


 マユリアが表情を変えることなくじっとトーヤを見つめて言う。

 トーヤが視線をマユリアに移す。


「ああ、受けてやる。ただし条件が2つある」

「条件?」

「そうだ」


 トーヤが一つニヤリと笑って続ける。

 

「まずは金だ。前にも言ったろ? 俺はプロだ、金さえもらえばどんな仕事でもする。その仕事に見合う報酬さえもらえばな。だからその話をしよう。ただし高くつくぜ? 思ってた以上に大変な仕事だ、だからそうだな……」


 トーヤが考えるようにして口にした金額は途方もない数字であった。多少の贅沢をしながら一生遊んで暮らせるほどの……


「そんな金額……」


 口にしたのはキリエであった。

 以前なら「この男はやはり金目当てのならず者」そう言っていただろうキリエだが、今は、トーヤという人間を知り、さらにこの状況ではさすがにそう思うことはない。


「高いよな~そりゃそうだ、そう思うよな」


 うんうんと頷く。


「だけどな、これは最終的な金額だ。前も言ったろ? 成功報酬、だから全部終わった時のことな? 今はそうだな、また前金をもらいたい」

「それはどれほどです」


 キリエが聞く。


「そうだなあ……棺桶引き上げる支度するのに必要な経費は別にして、前にもらった倍の額にちょっと色付けてもらおうかな」


 それでも結構な額ではあるが、さっき口にした金額から見ると微々たるものだ。


「それでいいのですか?」


 今度はマユリアが聞く。


「ああいいぜ。俺は良心的なんでな、成功するか失敗するか分からん仕事でぼったくることはしねえ」

「分かりました」

「あ、それとこれは条件とは別だが、さすがの俺もいくら子ども用と言っても1人で湖に沈む棺桶を引き上げるのは骨だ、だからダルと、それからルギに手伝ってもらいたい」

「あ、俺手伝う、最初からそのつもりでトーヤのそばにいるんだし」

「ありがとうな。さて、隊長はどうだ?」

「マユリアの命であれば従う」

「ぶれねえなあ」


 トーヤがククッと笑った。


「ルギ、お願いします……」

「承知いたしました」


 まだ跪いた姿勢のままであったルギが深く頭を下げる。


「そんでな、金の話の続きだがな、俺の前金と同じ額の金をこいつらにも支払ってやってくれ」

「え! 俺、そんなつもりじゃないからいいよ」

「だめだダル」

 

 トーヤがきびしく言う。


「仕事には報酬をもらうのが当たり前だ」

「いや、仕事って思ってねえし」

「おまえは命がけでとった魚をただでみんなに配るか?」

「いや、それはやらねえが……」

「だろ? 仕事をしたらその分の金もらうってのは当たり前だ、それをちゃんと分かってやった方がいい。この先、月虹兵の仕事もやるだろうが、それもきちんと決めておいた方がいい」


 トーヤが続ける。


「それが仕事をするってこった。ただしもらっただけのことは責任持ってやる、それがプロの仕事だ。おまえはこれから世帯持って家族養ってくんだろうが、その時にタダ働きして家族がひもじい思いしてもいいのか?」

「それは……」

「だからちゃんと受け取れ、分かったか?」

「……分かった……」

「さて、隊長はどうだ?」

「俺は受け取らない」

「そう言うと思ったよ」


 トーヤが皮肉そうに笑う。


「だが受け取ってもらうぞ。あんたにとっちゃタダ働きするよりもらう方が屈辱なんだろう、マユリアに金で使われてるようでな。だからこそ受け取ってもらう。今度のこれはいつもの仕事とは違う、それをちゃんと分かってもらうためにもな」

「いらん」

「じゃあ俺もいらねえ」


 ルギがトーヤをじろっと見る。


「いらねえってことはつまり仕事はできねえってこった。俺はただ働きはしない主義なんでな」

「トーヤ!」


 ミーヤが顔色をなくす。


「俺に仕事をやらせたかったらあんたも受け取るんだ」

「ルギ……」


 マユリアがルギを見て頷く。


「……分かった……」

「まあ受け取った上でどうするかはあんたの自由だからな、そのへんに投げ捨てようが貧乏人に分け与えようが好きにすりゃいいさ。俺はあんたがマユリアからの金を受けとりゃそんでいいんだ」


 ルギがトーヤを射殺すような目で見た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る