20 誇り
ミーヤはなんと言っていいのか分からなかった。
ミーヤの目からは、今のリルは危うく見える。素直で明るかったリルではなくなってしまったように見える。
だが、今のリルは、その暗い誇りにすがってやっと立っているのだということも分かった。
「大商会の娘」
その最後の誇りがあるから立っていられるのだ。
「でも……」
リルが小さい声で言う。
「今日だけは、今日だけはだめだわ……ミーヤ、ダル様のお食事、持っていって差し上げてくれない?」
「ええ、分かったわ。とにかく今日はゆっくり休んで、ね?」
「ええ、ありがとう。お願いします」
そう言って頭を下げてから、ミーヤの部屋からリルは出ていった。
しばらくは様子を見るしかない、ミーヤはそう思いながらその後姿を見送った。
リルが少し体調を崩したので今日は自分が一緒に世話をする、そう伝えるためにダルの部屋へ行くと、思った通りにトーヤが一緒にいた。
「リルがちょっと体調を崩しました。ですので、今日は私がダルさんも一緒にお世話させていただきますね。とりあえず、お食事はどうなさいます? こちらの部屋で?」
「いや、俺の部屋にしてもらえるかな、あっちの方がいいように思う。そんじゃ俺、一回自分の部屋戻るわ、飯ん時になったら来いよ、な?」
「うん、ありがとうな、トーヤ」
トーヤはそのままミーヤと一緒にダルの部屋を出て自分の部屋へ戻った。
「よう、なんか分かったか?」
「……トーヤは?」
「いや、だめだ、ダルのやつなーんも言いやがらねえ。まあ、なんとなく何があったのか分かったけどな」
「そうですか……」
「リルがダルに振られたんだろ?」
トーヤが
「……言ってしまえばそうなんですが……」
「あんたは詳しく聞いたんだな。じゃあいいや」
「何があったか聞かないのですか?」
「俺が聞いていいことじゃねえだろ? あんただからリルも話したんだろうし、ダルもそんなこと話すつもりもなさそうだしな」
「そうですか」
ミーヤは少しうれしかった。
トーヤがそんなことを、他人の真剣な思いを興味本位で聞くような人間ではなく、ダルもまた同じ、そのような話をいくら信用しているからといって、簡単に他人に言うような人間ではなかったからだ。
「では、後ほどこちらにダルさんの分も一緒にお持ちしますね」
「うん、頼むな。そんで、リルはどうなんだ? 大丈夫そうか?」
「それが……」
ミーヤはリルから聞いた話をトーヤに話すつもりはなかったが、今のリルの状態だけは聞いてもらいたいと思った。
「そうか……」
トーヤはふうむ、と腕組みをした。
「まあ、今はそれでもいいんじゃねえか? とりあえずなんかないと人間ってのはだめになるからな」
「ええ、そうなんですが……ただ……」
「ただ?」
「ええ、今のリルは、ダルさんを見返すためというより、傷つけてやりたい、そう思っているようで心配です」
「ああ、そうか。まあ、それならそれでいいじゃねえか」
「いいですか?」
「ああ、まあ今のところは、な」
トーヤは続けた。
「なんでもいいんだよ、コンチクショー! って気持ちが持てりゃ人間はなんとかなる。ただ、それで落ち着きゃいいが、実際に相手を傷つけてやりたいとか、そうなると問題だけどな」
「ですよね……」
「だからまあ、しばらく様子を見るしかねえな」
「はい……」
心の問題というのは本当に厄介である。ついさっきまではあれほどダルが好きだと言っていたリルが、今はどうしてダルを傷つけてやろうか、そう考えているのだと思うとミーヤはやりきれない気持ちになった。
「ダルがな」
「はい?」
「なーんも言わねえんだけどな」
「はい」
「たった一言だけな」
「はい」
「俺の気持ちが分かったって言ったんだよ」
「トーヤの気持ち?」
「うん。自分じゃない自分をほめられるのは本当に辛いって分かった、てな」
「まあ……」
「まあ、分かってくれてうれしいとか、そういう問題じゃねえしなあ」
「それもそうですね」
「だけどな、もしもリルが本気でダルになんかしてきたら、その時は、俺はダルのために戦うぞ」
「え?」
「そんなことはねえと思うけど、リルも、後ろには親父さんがついてるし、その気になりゃ家の、商会の力をそういうことに使える立場だってことだよ」
「それは……」
ミーヤは思ってもみなかった。あくまでリルとダルの、2人の間の問題だとしか考えていなかったからだ。
「そういう立場なんだよ、あのお嬢さんは」
「リルが、そんなことをするとはとても思えません……」
「うん、俺もそう思う。だけどな、人間ってのはいつどうなるか分かんねえからなあ……」
そう言ってふうっと息を吐いた。
「リルが、自分の誇りを本当の誇りに持ってってくれりゃいいんだがな」
「本当の誇り?」
「ああ、誰かをはいつくばらせてその上から踏みつけて誇るような、そんなんじゃない自分自身を誇ってくれりゃな。まあ、あの子なら大丈夫と思いたいけどな」
「はい……」
微かに不安を持ちながら、それでもミーヤはリルを信じるしかなかった。
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