19 失恋
「とにかくなんか考えねえとな、普通に何が好きかとか聞いても反応ねえし」
「困りましたね……」
トーヤとミーヤは、どうやってシャンタルから反応を引き出すかに頭を悩ませながら、自室へと向かっていた。
と、
「あれ?」
リルが、ダルの部屋から飛び出すようにしてこちらへ早足で向かってくるのが見えた。
下を向いていて、こちらには気づいていないようだ。
「どした? なんかあったか?」
「どうしたんでしょう」
あまりに様子がおかしいので、2人共足を止め、リルがこちらへ来るのを待つ。
「リル、どうしました?」
ミーヤが声をかけるとリルは駆け寄ってきて、黙ってミーヤにしがみついた。
どうやら泣いているようだ。
「あの、トーヤ様、私、少しリルと部屋へ戻ってきます」
「ああ、そうしてやれ」
ミーヤがリルを抱えるようにして、自分の部屋へと連れていった。
自室へ入れて椅子に座らせ、自分も正面に座る。
「どうしました? 何があったのリル?」
リルは手に持ったハンカチをもみ絞るようにしていたが、やがて、
「私、私、もうだめだわ……もうお勤め、続けられない……」
そう言うとハンカチを顔に当ててわっと泣き出した。
落ち着くのを待ち、少しずつリルが話すのを聞いていて、ミーヤはリルの大胆さに驚くと共に、それは自分でも同じ気持ちになるだろうとそう思った。
「だから、だから、今からキリエ様のところへ行って、そうして、宮をやめさせてもらおうと思うの……」
「とにかく少し落ち着いて、ね?」
「いえ、もう死んでしまいたい……」
「だめよ!」
ミーヤはリルの両肩をぐっと掴んだ。
「そんなことを言ってはだめ!」
「だって、だって、辛くて、恥ずかしくて……」
リルはハンカチを顔に当てて泣く。
ミーヤはリルが少し泣き止むまで待っていた。
「ダルさんは、優しい方ね……」
リルは返事をしないで、まだ涙の余韻でしゃくりあげていた。
「リルを、どうやったら傷つけないか、一生懸命考えてくれて、そして、もしもリルが本当にダルさんそのままを好きだったら、あらためてもう一度リルの思いに向き合ってくれると言ったのでしょう? 本当に優しい人だと思うわ」
「だから、だから私はダル様を、あの方を好きだと思ったのに……でも、叶わなかったの、振られてしまったの」
そう言って、またわっと泣き出した。
自分の言葉に、あらためて思いが受け止めてもらえなかった事実に気づいてしまったようだ。
ミーヤは、なんと言って慰めたものかと困ってしまった。
リルの気持ちを聞いて自分は複雑な感情を抱いていた。
もしかしたら、リルの思いが叶うことがあるとしたら、よかったと思うと同時に、多分すごく羨ましく感じ、そんな自分を情けなく思っていたようにも思う。そんな自分の感情が嫌だと思っていた。
だが、かといって、リルが実際にダルに断られてこうして悲しんでいるのを喜んでいるわけではない。なんとか叶う方法がないのかとも思う。
「リル、ここはダルさんのおっしゃる通り、漁師としてのダルさんをどう思うか考えてみたらどうかしら」
せいいっぱい考えて言う。
リルは下を向いたまま、ふるふると首を振った。
「だめなの……」
「え?」
「私、分かってしまったの……」
一層
「私、ダル様のおっしゃる通り、もしもダル様がただの漁師だったら、きっと好きになってなかったと思うの……」
「それは……」
ミーヤはリルの正直な告白に驚いた。
「私は、どうやってもオーサ商会のお嬢様なのよ。こうして宮で行儀見習いをしていても、いつかは父の言うように、父の娘としてどこかに嫁ぐ、その人生が自分の人生だと思っているの」
「そうなの……」
「だから、漁師のダル様と出会っていたら、正直に言ってあんな仕事をしている人のお嫁さんになれと言われなくてよかった、そう思っていたわ……」
「それは……」
あまりにも正直すぎる告白である。
「でも、そう思いながらも、やっぱりダル様のことが好きで、好きで、なんとか、月虹兵として生きていってくださって、そうして一緒に生きていけたら、そう思う自分もいて、もう、こんな気持ちのまま、ここにはいられない……」
ミーヤはどう言っていいのか分からなかった。
「そう……」
そう言って、静かにリルの背中を撫でるしかできなかった。
しばらく沈黙の時間が続いた。
その後、リルが決めたという風に顔を上げてこう言った。
「私、もう少しだけがんばってお勤めをします」
「そう、よかった、と言っていいのかしら……」
「私はオーサ商会の娘です。こんなことでお勤めをおろそかにして、そうしてお父様の顔に泥を塗るようなこと、一族に恥をかかせることはできないわ……だから、もう少しだけがんばって、そうしてダル様にも、私を振ってもったいないことをした、そう思い直してもらって、そうして、あちらから私を好きだと言ってこさせて、そうして今度は私から振るの……そうでもしないと……」
その顔は侍女の顔ではなかった。
誇り高い大商人の娘の顔であった。
そして、リルの顔には少しばかり暗い色が加わっていた。
「私は父の、オーサ商会の会長アロの娘ですから」
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