15 不安

 ぶつくさ言いながらも輿の後ろから着いてマユリアの客間へと進む。


 輿を担いでいるのは侍女6人だ。


「なあ、いつもこんな感じなのか?」

「ええ、そうですよ」

「健康のためにも子供は歩かせた方がいいと思うがな」

「シャンタルがおケガでもなさっては大変ですからね」

「あんたもそうだったのか?」

「ええ」

「今は歩いてるけど、急に明日から歩けって言われても困っただろう」

「どうでしたか……忘れてしまいました」


 マユリアが花のように笑う。


 ミーヤは2人の後ろからハラハラしながら会話を聞いていた。

 トーヤのせいで忘れがちになるが、相手は敬うべき神たる存在の方なのだ。今日、シャンタルにお会いして改めてそのことを思い出していた。


 一方、こちらは自室に戻ったダルとリルだが、こちらも室内に入った途端に緊張の糸が切れたようにダルはソファ、リルはテーブルのところの椅子にぐったりともたれかかったようになってしまっていた。


「本当に、トーヤ様という方は、どういう方なのでしょう……」

「いや、そう思うのも無理ないよ……俺も久しぶりにびっくりした……」

「シャンタルに、まさかあんな無礼な口を聞いていきなり触れるなど……」

「ほんとだよなあ……」


 無理もない。ごく普通のシャンタリオ国民である2人とってシャンタルは神、それもこの世で一番尊い神の中の神、唯一の神なのだ。特に2人のような若いものにとっては前回の御代代わりはまだ幼くてなんとなくしか覚えてはおらず、マユリアがシャンタルだった時代はおぼろである。今のシャンタルが、当代が人生にとってはまだほぼ唯一の神であると言える。


 だが……


「ですが、大丈夫なのでしょうか……」

「え、何が?」

「いえ、御代みよ代わりです……」

「え?」


 リルはためらうようにしてから思い切って口を開く。


「あの、シャンタルが……次代様が御誕生になられたらマユリアにおなりになるんですよね」

「あ、ああ、そうだね」


 リルが、一度言葉を飲み込んでからまた思い切ったように言う。


「あの……あの、あの方がマユリアになられたところが想像できないのです……」

「え?」


 ダルがびっくりして顔を上げた。


「私は、行儀見習いの侍女なので、お出ましの時に遠くからしかシャンタルをお見かけしたことがないのですが、あの、先に入られた侍女の方、募集で入られた方が言ってらっしゃったことを聞いたことがあるのです……」

「なんて?」

「あの……シャンタルは、当代は、ほとんどお話になることができない、と……」

「え?」

 

 ダルはリルが言っている意味を理解しかねていた。


「託宣はなさるそうなのです。それも言ってらっしゃることがことごとくすぐに結果が分かることばかりで、それはすごいのだと」

「うん、俺も聞いたことがある。く……当代はすごいって」


 ダルは一瞬「黒のシャンタル」と言いかけてやめる。


「黒のシャンタル、のことですよね」

「え!」

「存じ上げてます、そう呼ばれてらっしゃること」

「なんで……」

「私は、ミーヤとは違って行儀見習いとして宮に入っています。そして特に近くに家族がいて、面会の折りに色々と耳にする機会がございます」

「ああ、そうだったね」

「それで当代がそう呼ばれていると聞きました」

「そうか……」

 

 見た目は一緒でも、やっている仕事は一緒でもミーヤとは随分と違うのだなとダルは思った。


「宮の中のことはもちろん外には出せません。ここで見聞きしたことは墓の中まで持っていくこと、それは承知しています」

「そうなの?」

「はい。誓いは立てなくともそれはお誓いして宮に入っております」

「そうか」

「ですから、先に入られた方がおっしゃっていたことも一言も家族には申したことがございませんし、家族から知った外の話も皆様に伝えたこともございません。ですが……」


 一度ためらってから思い切って言う。


「今日、お会いしてみてお聞きしたことがよく分かりました……遠くから見ていると奇跡のように、人ではないようにお美しい、お見惚れするほど。まさに私にとっては神でいらっしゃいました……ですが、マユリアにおなりになって、そしていつか人に戻られるのだとしたら、とても……」


 リルは言葉を濁すがなんとなくダルにも分かったように思った。


「そうだね……」


 何がどうとは言葉にはせずリルに同意する。


「とても、不安です……」

「うん……」

「この国は、どうなってしまうのでしょうか……」


 トーヤの「仕事」はこれのせいなのだろうか、とダルは思った。

 ダルも、シャンタルがあのような方だとは思ってもみなかった。

 まるで人形のように自分の意思がない、そうとしか見えなかった。


 だが、その人形と目が合っただけでトーヤは自分で立つこともできないぐらいの影響を受けた。

 託宣がことごとく効果をすぐ表すほどの力を持っていることと関係があるのだろうか。


「うん、でもなんか大丈夫な気がするよ」

「え?」

「だって、そのためにトーヤが助け手として呼ばれたんだと思うな、うん」

「そうなのでしょうか……」

「大丈夫だよ、多分」


 リルは、ダルがそう言って笑ってくれた顔を見てほっとして、心の奥があらためて熱くなるのを感じていた。

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