8 自慢話
翌日の昼近く、ミーヤとリルに見送られるトーヤとダルが馬に乗って前の宮の門から王都へと出かけていった。
「じゃあいってくるからな~」
「はい、気をつけていってらっしゃい」
後ろを振り向いてうれしそうに大きく手を振るトーヤにミーヤがにこやかに手を振り返す。
「いってらっしゃませ」
「は、はい、いってきます」
こちらも負けじとリルが大きく手を振り、それにダルが遠慮そうに手を振って返す。
トーヤが鼻歌を歌いながら馬を進めていく。少し音がはずれているようだ。
「なんか、楽しそうだな……どうしたんだよ」
ダルが訝しそうにトーヤを見る。
「え、そうか? 俺はいつもこんな感じだぜ?」
「まあ、言われてみりゃそうだが、なんか違うような……」
「気のせいだってば」
「そうかなあ……」
「そうそう、気のせい気のせい」
昨日、ミーヤの涙を見て、そして戻ってきていいと言われてからずっとトーヤはご機嫌であった。
これからしばらくの間離れていたとしても戻ってこられる、あいつのところに。言葉にはしなくても待っていてくれるのだと思うと幸福を感じた。
「さ、大商会のご訪問に行くぞー」
「ちょ、待てって」
ダルの返事も待たず速度を上げる。
午後から訪問したいと言ったところ、
「そんなことをおっしゃらずにどうぞお昼でもご一緒に」
そう言って招待されてリルの実家の「オーサ商会」本家へと昼に行くことになったのだ。
王都の中心近くにある大きな屋敷、本当に宮と目と鼻の先にあり、馬でさっと走るとすぐに到着した。
「でけえ家だなあ……」
口ではそう言うものの、もう数ヶ月の間の宮住まいで大きいとは思うがいまいちピンとこない感じだ。
「俺の村と同じぐらいの大きさあるんじゃねえか?」
「まさか~さすがにそこまではないだろ」
だが、確かにかなり大きな屋敷である。
門番に訪問を告げると正面の鉄の扉が両開きに開き、馬で中に入るとまだまだ玄関までは道が続いている、そんな屋敷であった。
「ようこそおいで下さいました、託宣の客人トーヤ殿と、月虹の兵のダル殿。ささ、こちらへ」
リルの父親のアロ、オーサ商会の会長直々に食事の席に案内してくれた。
内容もまた豪華なものである。決して宮の食事にも引けを取らない。
だが、トーヤもダルもすでにそのような食事に慣れてしまっているので、特に緊張することもなく
昼食後、応接室に通されお茶をしながら話をすることとなった。
「いやあ、お二人とも娘の手紙にありました通りに立派な青年で、お会いできてよかった」
大商会の会長ではあるが、人好きのするなかなか人の良さそうな中年男、という感じである。太っているとまではいかないが、そこそこゆったりとした体型にそれが一番特徴的なぱっちりとした目、リルのやや切れ長な目と似ていないのは母親似だからだろうか。
「いえいえ、俺は傭兵崩れの船乗り崩れ、中途半端な人間です。なんの因果かここに流れ着いて宮のお手伝いをすることにはなりましたが」
「ご謙遜を、神の選ばれた方だけあって立ち居振る舞いもしっかりしていらっしゃる」
その気になればトーヤだってこのぐらいの口調で話はできるのだ。ただ、そう長くは続かないが。
「アルディナに行かれたことがあると伺ってお話をさせていただきたいと思いました。俺にとっては懐かしい土地ですので」
「アルディナは大変魅力ある国でした。若い頃ですが、機会があればまたぜひとも足を伸ばしてみたいものです。大変勉強になります。いやあ、あそこでお生まれになったこと、大変羨ましい。いえ、もちろんシャンタルの加護のあるこの国も素晴らしい国ですが、また色が違う。違うものに憧れるのは青年の特権のようなものでしてな」
そう言ってわはははは、と豪快に笑う。
「俺は」やっとのようにダルも話に入ってくる。「トーヤから聞いただけではいまいちよく分からなくて、それでリルさんのお父さんの話も伺いたいと思いました」
「おお、もちろんお話させていただきますとも。ダル殿もアルディナにご興味がおあり、大変結構なことです。広い世界に向けての視線を持つこと、いやいや大事です。特に未来ある若い人には」
それからしばらくはアロの一人舞台、あそこがよかった、ここはこうだった、この国にもああいう部分を取り入れたい。これ以上はない観客を得て止まらない止まらない。
「そういやトーヤから聞いたんですが、あちらには海岸の砂ばっかりみたいな砂漠ってところがあるって、これ本当ですか?」
「砂漠ですか、『中の国』を通る時にまいりました。あそこはいけません。雨は降らないし砂に足は取られるし。馬が行けないのでラクダという変わった動物に乗るんですが、機嫌を損ねるとつばを吐いてくるし、なかなかに難しい生き物でした」
「ラクダですか!」
ダルが飛び上がるように言う。
「本当にいるんですね、ラクダって! そして砂漠って本当にあるんですね!」
これでトーヤが嘘をついていないことも、リルの父親が本当にあちらに行ったことも証明された。
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