13 取引

 マユリアはトーヤの顔をじっと見ている。


「なあ、どうなんだ? 値段によっちゃ神様の誘拐ゆうかい、なんてのも引き受けてやって構わねえんだぜ? やったことのない仕事だし、内容が内容だけに高くつくと思うけどな。よう、どうなんだ?」


 トーヤがニヤリと笑う。


 やがて、今度はマユリアが楽しそうに大きな声で笑い出した。


「本当に、本当にトーヤは楽しいですね……」


 笑いすぎて涙が出た、という風に左目の目尻を右手で軽くぬぐう。その姿すら美しい。


「いいでしょう、買いましょう、その傭兵トーヤの腕」

「よし乗った!」

「マユリア!」


 キリエが驚いて大きな声を出す。


「そんな話に乗ってはいけません! その男はシャンタルに秘密があると聞き、そのことでお金を脅し取ろうとしているのに違いありません!」

「ばあさん、話聞いてたか?」


 キリエが燃えるような目でトーヤを睨みつける。


「聞いていたから言っているのです」

「聞いててそう言ってんならボケたんだな」

「なにを!」


 キリエが歯ぎしりせんばかりに歯を噛み締め、トーヤを睨む。


「言っただろう? 何かをやらせたいならその対価たいかを払えってことだ。脅しなら金もらってそのままとんずらするってんだよ」

「その通りですね」


 マユリアがクスクスと笑う。


「そういうことだ。他のやつらは知らんからかも知れねえが、シャンタルの秘密なんてのに誰も引っかかっちゃいねえぜ? あんただけだ」


 言われてキリエが顔色を変えた。


「まあ、どんだけでっかい秘密なのか分かんねえけど、内容によっちゃその分の上乗せももらうこともありえるかな。だが俺にとっちゃその程度のことだ。あんまり気にしなさんな」


 トーヤが痛ましそうな目で自分を見たことに気づき、キリエは顔に朱を登らせてうつむいた。


「マユリアは言い出しただけあってその秘密ってのを知ってるんだろうけど、それもまだ申せないんだったよな」

「ええ、時が満ちるまでは」

「お得意のやつだな」


 クスッとトーヤが笑う。


「まあいいや、そういうのも含めての上での取引だ。お互いフェアでいこうじゃないか」

「フェア、ですか」


 マユリアがまた楽しそうに笑う。


「それで、フェアというのは具体的にはどうすればいいのですか?」

「そうだなあ……」


 トーヤも楽しそうに頭を抱える振りをする。


「まずは前金から、かな」

「前金とは?」

「なんかの仕事を頼む時にな、なんて言うか予約するとか準備のための資金とか、そういうもんのためかな、金を少しばかり前渡しすんだよ。それを受け取ったらこっちも仕事を受けたってことになる。よっぽどのことがない限り、その分の働きをしないことにはこっちの信用に関わるってわけだ」

「なるほど」

「だからな、その金を受け取ったら俺も仕事を受けたってことで、勝手にこの国から逃げ出したりはできない、仕事が終わるまではここにいるって約束するよ。そのために必要な手付金てつけきんってことだ」

「分かりました。それでどのぐらい払えばよいのですか? その前金とやらは」

「う~ん、そうだなあ……仕事の内容がよく分かってねえからなあ」


 トーヤは考えて、トーヤ用にと預けられている金袋の中身と同じぐらいと答える。


「そのようなもので構わないのですか?」

「勘違いするなよ? あくまで前金、一部だけの金額だ。仕事の中身が全部はっきりしたら残りの額を言うさ。それにもしも仕事のために足りなくなったら経費も請求する」

「分かりました、キリエ、用意してあげてください」

「は、はい……」


 マユリアがキリエを呼んで何か二言三言ふたことみこと話をし、キリエが急いで部屋から出て行く。


「あ、小銭も入れといてくれよな、すぐに使いたいことがあるからな」


 トーヤがそう声をかけたが、キリエは振り向きもせず行ってしまった。


 トーヤは気にせずマユリアを振り返る。


「さて、前金のことが決まったから、今度は仕事の内容に入るか」

「待て」


 それまで一言も発せずに立っていたルギが言う。


「なんだよ男前」

「金で話をするというのなら、他にも含めなければいけないものがあるのではないか?」

「なんだよ?」

「おまえが助けられて今まで使ってきた分の金だ」

「あちゃっ!」


 トーヤが顔をしかめめて左手で額を押さえた。


「気づいたか……」

「当たり前だ」

「まあ、そりゃ、まだ取引始める前だったし、契約に入ってなかったし、チャラってわけには……」

「そうするには大きすぎる額だろうな、おそらくは」


 確かにそうだった。

 もしも、今までトーヤが受けてきた「好意」を実際の額にするのならば、とてもトーヤが一生働いても返せる額ではない、それは分かっていた。


「お心で、ってのは……」

「ないな」

「って、決めるのはあんたじゃねえだろ? マユリア、どうする?」

「どうしましょう?」


 マユリアが2人の会話を聞いてクスクス笑っていた。


「なあ、泣いてくれりゃ助かるんだが」

「泣く、とは?」

「まけてくれる、ってことかな」

「つまり値切る、ということですか?」

「そうそう、よく分かってんじゃねえか」

「まあ」


 また笑う。

 本当にマユリアはよく笑う。

 シャンタル時代にもこうしてよく笑っていたのだろうか。

 トーヤは当代との違いを考えていた。


「それでは少し泣くことにいたしましょうか。その代わり、トーヤも少し泣いてくれますか?」

「痛み分けか、いいだろう、まけてやるよ」

「助かります」

「そんじゃ一応取引成立だな、後は細かいところを詰めていくか。いやあ、仕事の話はいいなあ」


 トーヤが晴れ晴れとした顔でそう言うと、うーんと一つ伸びをした。

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