16 青い少女

「青い色、好きじゃありませんでした……」

「え?」


 フェイが唐突とうとつに言い出した。


「宮に来た日です……同じ日に宮に来たみなさんと一緒に、好きな色の服を選ぶことになりました……私は、グズなので、遅れて、残った色、青が私の色になりました」

「そうなのか」

「はい……それで、本当は、もっと明るい色、きれいな色がいいなと思って、あまり好きじゃないとずっと思ってました」

「そうか」

「でも、あの日、カースで、トーヤ様のカップの取っ手に結んだ青いリボンを見て、とてもトーヤ様に似合っていると思って、きれいだなと思って、それから好きになりました……」

「そうか、よく似合ってたか?」

「はい、トーヤ様の色だと思いました」

「そうか、かっこいいだろ?」

「はい」


 フェイが楽しそうに笑った。


「それから、青い色が好きだと思っていたら、街で、リュセルスで、この子を見つけて、きれいな子だなとずっと見ていたら、そしたら、トーヤ様が連れてきてくださって、もっともっと好きになりました」

「そうか、おまえとよく似てるお友達だな」

「はい」

 

 またにっこり笑う。


「似てるって言ってくださって、もっともっと、もっと大好きになりました。今は青が一番好きな色、大好きな色です、私の、色になりました」

「そか、おそろいだもんな、俺と第1夫人の」

「はい」


 透き通るように笑うそのフェイの笑顔に、トーヤもミーヤもうれしいよりも不安が浮き上がる。


「それを、どうしてもお伝えしたくて、言いたくて、シャンタルにお願いしました」

「なんて?」

「どうか、もう一度だけ、トーヤ様と、ミーヤ様とお話させてくださいって……そうしたらトーヤ様が、森の中で、私に、私にも会いたいって思ってくださってて……」

「ああ、思ってた。おまえと会いたいって思った、もう一度話したいってな」

「はい」


 また笑う。


「そうしたら、シャンタルが叶えてくださいました……ミーヤ様」

「なんですか?」

「本当のお姉さまみたいで、大好きです、いつもいつも優しくしてくださって、うれしかったです」

「ありがとう、私もフェイを妹と思ってます、かわいいと思ってます、大好きですよ」


 ミーヤがフェイの手をまたぎゅっと握った。


「トーヤ様と、仲良くしてください」

「ええ、フェイと3人でなかよしですよ」

「はい」


 また笑う。


 フェイが、胸の前で両手を組んで頭を下げる。


「ありがとうございます……もう、これで思い残すことはありません、本当にありがとうございます、言いたいこと、伝えたいこと、言えました、うれしいです」

「おい、これからだって何度でも言えるだろ?」

 

 フェイが言葉もなくにっこり笑う。


「これで、お別れしなくていいですよね?」

「ああ、これからもずっと一緒だぞ」

「トーヤ様はいつか行ってしまうから、その時には、お別れしないといけないのかと思うと、とても悲しくて、さびしくて……」

「俺はここにいるじゃねえかよ、何がさびしいんだよ」

「今は、いらっしゃいますが、いつかは行ってしまう方だと……」

「誰がそんなこと言ったよ」

「いつかは、行ってしまう方、なのです、分かっています」

「…………」


 トーヤは何も言えなかった。


 ミーヤとダルにはいつか行ってしまうだろうことは伝えていた。だがフェイには何も言っていない。フェイはあまりに小さく、伝えるに忍びなかった。そして行く時にも言わずに行くつもりだったからだ。


「でもこれで、ずっとおそばにいられます、いつもいつもおそばにいられます、トーヤ様と、ミーヤ様のおそばに」

「おい、何言ってんだ!」

「フェイ?」


 トーヤとミーヤが握るフェイの手に、支える背中に回す手に力を込める。


「フェイは、とっても幸せです、この世で一番幸せです。トーヤ様、ミーヤ様、大好きです、ずっとずっといつまでも大好きです。これからは、ずっとずっとお二人のおそばでいられる……」


 フェイの目から涙が流れて落ちた。


「おい、また泣く、泣くんじゃねえよ、何言ってんだ」

「フェイ、もうちょっとお水、飲みますか?」

「そうだ、もっと飲んでもっと元気になれ」


 フェイはふるふると首を振った。


「おいしいお水でした、あんなにおいしいお水、いただいたことがありません。ああ、おいしかった……でも、もう十分いただきました、シャンタルのご加護、本当に感謝いたしております」

「おい、何言ってんだよ、おまえはもっともっと長生きして、くしゃくしゃのばあちゃんになるまで長生きして、そんでもっともっと幸せになんなきゃいけねえんだ、もっと欲張りになれよ!」

「フェイ、そうですよ、トーヤ様のおっしゃる通りです」


 フェイはまた一筋の涙を流すと言った。


「ありがとうございます……何回でも言いたいです、本当に幸せだった……幸せです、これからもずっと幸せです、お二人に会えて本当によかった……こんなに幸せになれるとは、思ってなかったです……ずっと1人だと思ってたのに、フェイは本当に幸せです……こんな幸せな子は、この世にいません……」

「だろ?だったらもっともっと、これからもずっと一緒に幸せでいようぜ、な?」

「はい、3人でいつまでも一緒に幸せですよ!」


 2人はさらにフェイに触れる手に優しく、だがしっかりと力を込めた。


「ありがとうございます……はい、ずっとずっと一緒に、いられます……お二人と……」


 そう言うとすうっと目を閉じた。


「おい、何寝ようとしてんだよ!フェイ、起きろ!まだ夜じゃねえぞ!」

「フェイ、フェイ!そうですよ、まだ寝るには早い時間ですよ!」


 そう言ってフェイに声をかけ続けたがそのままフェイは眠り、眠り続け、夜が明けるのを待つようにして、朝日が世界を照らし始めた頃に長い旅に出た。

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