7 運命を決めるもの

 小走りのミーヤに続いてトーヤが急ぐ。できるだけ足音を殺し、それでも急ぐ。

 場所は前にシャンタルに会った謁見の間ではなく、マユリアが客に会う時の客室だと言う。


 謁見の間の横の広い豪華な廊下を進む。多分、前に謁見の間からシャンタルやマユリアが出て行ったドアに続くと思われる廊下だ。そこをもう少し通り過ぎるとある部屋の前でミーヤが足を止めた。


「ミーヤです、失礼いたします」

「お入りなさい」


 マユリアの声がした。

 扉を押して中に入る。


 中は予想と違い、さほどきらびやかではなく上品な調度で整えられていた。

 あるのはテーブルと椅子が4脚、それからソファ。キャビネット、本が並べられた棚、壁には何枚かの絵が飾ってある。そしてその奥にはどこかにつながるもう一つのドアが見える。


 「おかけなさい」


 マユリアが自分は立ったままで2人に椅子をすすめた。

 

 部屋にはマユリア1人、供の者の1人もいない。


「不用心だな、悪党が押し入ったらどうするつもりだ?」


 マユリアが笑った。


「相変わらず愉快ですね、トーヤ。どうしました?まず落ち着いておかけなさい」

「いや、座ってる時間はねえ」


 マユリアがトーヤの首元に浮かぶキズに目をやる。


「それほど急ぐ話ですか。では聞きましょう」


 マユリアは自分がすすめたのとは違う近くにある椅子に座った。

 相変わらず何をしても花がこぼれるような仕草しぐさだ。


「あんたんところの侍女が、侍女見習いが死にかけてる。助けてくれ」

「これは、突然押しかけて何を言うかと思ったら……それならば、わたくしよりお医者様のところに行った方がよさそうですが?」

「その医者がもうだめかも知んねえっつーてんだよ。頼むよ、助けてくれ」


 マユリアが少し眉をひそめる。


「人の生き死にをどうこうすることはできませんよ?なぜならそれは、その者の持っている運命だからです」

「運命なんか知るかよ。だったら今、こうして俺がここに来て助けてくれって言うのも、それで助かるならそれもそいつの運命じゃねえのかよ?」


 マユリアがまた笑う。


「確かに一理ありますね。でもそういうものではないと分かっているのではありませんか?」

「分からねえよ!頼むよ、まだ10歳のちびなんだ、助けてやってくれよ!あんた一応神様なんだろうが!だめならシャンタルにでも頼んでくれ、頼む!」

 

 トーヤが深く頭を下げる。


「トーヤ」


 マユリアが優しく声をかける。


「運命というものは誰かがどうかするものではないのです。それはわたくしも、シャンタルすらも同じなのです。もしもその者が命を落とすと言うのなら、それは誰にもどうすることもできないもの、その者の持っている運命なのです」

「その運命ってのはどこの誰が決めてんだよ!」


 トーヤが大きな声を上げる。


「もしもあんたやシャンタルが助けてやろうって手を差し伸べて、その手に掴まって助かるもんならそれもそいつの運命なんだろ?そのためにこっちは無茶してこうして会いに来てんだよ。会えたってことはそれも運命なんだろ?だから頼むよ、助けてくれ、助けてやってくれ、頼む!この通りだ!」


 トーヤは床にいつくばって頭を床にり付けた。


「マユリア……」


 ミーヤが勇気を振り絞って声を出した。


「そのような立場にあるものではないと分かっております。ですが、私からもお願い申し上げます。もしも、もしも何か方法があるのなら、どうぞ、お願いいたします」


 そう言ってトーヤの横に座り、同じように頭を下げる。


「私のかわいい妹のような者なのです。まだ幼い、本当に小さな子です。どうぞ、どうぞ……」


 マユリアは椅子に座ったまましばらく黙って2人を見ていた。


「わたくしにどうにかできると言うものではありませんが……」


 2人に声をかけた。


「その者が助かる運命ならば、それを手助けすることができるすべならあるかも知れません」

「本当かよ!」


 トーヤがガバッと顔を上げた。


「あるんなら頼むよ、頼む!」

「勘違いしてはいけませんよ?」


 マユリアが静かにトーヤを見下ろした。


「その者が命をながらえる運命ならば、と言っているのです。もしもそれを試してもだめならば、それはその者の運命なのです。その時は諦められますか?」

「それは……それは、そこをなんとか……」


 ふうっとさびしげにマユリアが弱く微笑んだ。


「あれもこれも自分の思い通りに、それは無理だと分かりますよね?特に命に関わることは」

「それは……」


 もうこれ以上トーヤに言える言葉はなかった。


 分かっているのだ。長年戦場で暮らすトーヤには特によく分かっている。

 ついさっきまで横で笑っていた仲間が次の瞬間には物言わぬものとなって冷たい地面に横たわっている。瀕死ひんしの重傷を負ってもうだめだと思っていた者が何もせずとも奇跡的な回復を見せる。自分のように仲間がみんな死んだ嵐の中で生き残る者がいる。どれも誰かがどうしようと思ってできることではない。それら全てはその者が持って生まれた運命、寿命なのだと考えるしか仕方のないことがいくらでもある。誰がその運命の別れ道を決めるのかなど誰にも分からない。


「分かった……」

「約束できますか?」

「分かった、約束する。だめだったらその時は諦める」

「それならばよろしい」


 マユリアがにっこりと笑った。

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