6 赤い珠

「マユリアに謁見えっけんを!」


 取り次ぎも頼まずミーヤがキリエの執務室しつむしつに飛び込んで言った。


「何事です!」

「お願いです、キリエ様、マユリアにお取次ぎを!」

「だから何事です!」

「よう、ばあさん」

「ば……」


 キリエが眉を吊り上げてミーヤのかたわらのトーヤをにらみつけた。


「人の命がかかってんだよ、頼むわ。だめだってんなら無理やり押しかけるだけだ。それもマユリア通り越してシャンタルのところにな」

「な!馬鹿なことを!」


 キリエがガタンと椅子から立ち上がり怒鳴った。


「そんなことを許可できるはずもない!」

「だから、だ・め・な・ら、強行突破きょうこうとっぱだっつーてるんだ。分かるか?あんたの責任問題にもなるよな?だから穏便おんびんに話を進めるためにも取り次ぎを頼むっつーてんだよ!」

「ミーヤ!」


 トーヤではなくミーヤに目を向ける。


「これはどういうことです!おまえが付いていながらなんということを!」

「申し訳ありません」


 ミーヤが低頭ていとうする。


「この人は関係ねえ、俺が連れてかないとそうするって言ったんだよ。さあ、どうする?うんって言わねえと本当にやるぞ、俺はな」

「…………」


 キリエが無言でトーヤを睨みつけるがトーヤは一歩も引かない。


「どうする、え?」

「私はこの宮の責任者です、暴力に屈するなどありえません」

「ってことは、だめだってことだな?」

「どうしてもと言うのなら私を殺してからにするがよい」

「そうか、分かったよ」

「だめです!」


 ミーヤがトーヤの前に立ちはだかり、両手を広げてキリエをかばう。


「誰がそのばあさんやるっつーたよ、こうするんだよ!」


 キリエの部屋の執務机とは違う、小さなもう一つのテーブルの上にあったランプを叩き割り、その破片を手にする。そして自分の喉元のどもとにそのとがった先端を押し付ける。


「なにを!」


 キリエが慌てる。


「何のためか知んねえけどな、ご大層ご大切におもてなしになってた託宣のお客様にここでご自害じがいあそばされたらどうする、え?」

「やめてください!」


 今度はトーヤを止めようとするミーヤから身をひるがえす。


「なあ、どうする?助け手たすけでだっけか?結構な金バンバン使って放し飼いにしてたそれによお、ここで役目も果たさず死なれたらあんた、困るだろうな?しかも場所が場所だしな」

「…………」


 キリエが黙ってトーヤを見る。


「さあ、どうする?」


 トーヤが破片はへんを自分の喉に少し突き刺した。プツリと血のたまき上がる。


「やめて!」


 ミーヤが声を上げる。


「さあ、どうするんだ?何回も言わせるなよな、俺は気が長い方じゃねえ」


 キリエがじっとトーヤを見つめ、ため息をつく。


「仕方ありません……マユリアにおうかがいしてきます。マユリアがお会いになるかどうかは分かりませんが……」

「早めに頼むぜ、この姿勢結構疲れんだよな」


 クルリと背を向け部屋を出ていきながらキリエがミーヤに言う。


「壊れたランプを片付けておきなさい」

「は、はい……」


 キリエが部屋から出ていくとミーヤが屈んでランプの欠片かけらを拾っていく。


「……!」


 欠片で手を切ったようで指を押さえる。指の先からトーヤと同じ小さな血の珠が湧き上がった。


「大丈夫か?すまないな……」

「いえ……」


 そのまま黙ってランプを片付け続ける。

 動かす指が震えている。


 カチャカチャとガラスの音だけがする。

 その音が終わった頃、キリエが部屋に戻ってきた。


「マユリアがお会いになるそうです」


 不愉快そうに一言だけそう言った。

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