10 約束

 昏倒こんとうしてしまったトーヤを慌ててダルの部屋に運ぶ。吐いた時用にバケツやタオルや水も運ばれる。


「もう、何をしたんですか、大丈夫ですか?」


 ミーヤが一生懸命背中をさするが、


「全然大丈夫じゃねえ……気持ちわりぃ……」

 

 そう言って丸まって横になったままになる。


「俺のカップと間違えたんだなあ、悪いことした……」

「ダルのせいじゃねえよ、俺がうっかりだったんだ……」


 しょぼんとするダル、その横でフェイも心配そうな顔をして見ている。


「ダル……」

「どうした?」

「わりぃ、水……冷たい水、ほしい……」

「分かった、井戸から冷たい水汲んでくるからな」


 急いで外に飛び出していく。


「ちび、いるか……」

「はい、ここに」

「タオル、冷やしてきてくんねえか……」

「はい、分かりました」


 フェイもトーヤの頭からタオルを取り上げダルの後を追う。

 部屋にはトーヤとミーヤの2人だけになった。


「わざとだ……」

「え?」

「分かっててわざと飲んだ、酒……」

 

 フェイも出て行ってしまったのを確認するとトーヤが言った。


「わざとって、どうして……」

「あんたと同じことだよ、1回だけ使える手だ」


 以前、ミーヤがわざと食事の盆をひっくり返した時のことを言ってるらしいとすぐに気づく。


「何かおっしゃりたいんですか?」

「今夜、ちょっと村から抜け出す」

「え?」

「行きてえところがあるんだ、だからちょっと目、つぶってくれよな……」


 つらそうに右手を目の上に起きながら言う。


「行きたいところって、どうして私に……」

「あんたには隠し事しねえって言っただろ?」

「…………」

 

 ミーヤが黙りこんだ。。


「どこに行くのか聞かねえんだな」

「聞いてほしいと思ったら言うでしょう?」

「よく分かってるじゃねえか……」


 トーヤが弱く笑う。


「今夜、行ってしまうのですか?」

「いや、行かねえと思う、多分……多分な」

「どうして?」

「ダルにもミーヤにもちびにも、それにカースの人にも迷惑がかかるだろうが」

「そんなこと……」

「それだけじゃねえ、今日は下見だ」


 逃げる算段をしているということはもう隠さない。


「ちゃんと準備ができたら言うからな」

「分かりました」

「約束する、行く時はちゃんとミーヤにだけは言う」

「分かりました」

「連れていけたらいいんだがな……」

「それは……」


 後は2人とも黙ったままになった。


「おい、持って来たぞ」

「ああ、済まねえな。ちびも一緒か?」

「はい」


 ダルとフェイが戻ってきた。


「本当に大丈夫なんですか?」

「ああ、こうしてりゃ大丈夫だ、何回もやってることだからな。すぐに吐いたし、どのぐらい飲めばどうなるか、自分でもよく分かってる」

「信じていいんですね?」

「大丈夫だ」

「分かりました」


 ミーヤがダルから水の入ったおけを受け取った。カップに入れてトーヤに渡す。

 トーヤが体を起こし、水をごくごくと飲んだ。


「たくさん飲んでください」

「分かってるって、ほんっとにおせっかいだよなあ、ミーヤさんよお」

「まあ、そんなこと言えるぐらいなら本当に大丈夫ですね」


 ミーヤはカップを取り上げるともう一度水を入れて渡す。


「はい、水、たくさん飲んでください」

「すまんな」


 トーヤがもう一度カップを受け取り、ゆっくりと味わうように飲んだ。

 その光景を見て、なんだか聖なる儀式のようだとフェイは思った。

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