15 忌むべき者
「何者にも染まらない、か……なるほどなあ、言われてみれば確かにそうかもな」
トーヤが深く納得したというように感心する。
「髪を切るなって聞こえたのは切られちまったらどうしようもないからじゃねえか? 染めても染まらねえからそっちはほっとかれたんだよ、多分」
「そういうことか。だったら染めるのも止めてくれてりゃよ、
トーヤがそう言うのにアランが一緒になってあはははは、と笑った。
「まあ、あくまで俺の感じたこと、だけどな」
「何にしろ、これ以上のことはいくら考えても答えのでねえことだしな」
「そうだな」
2人で
「よう……」
出遅れたようにベルが恐る恐る言う。
「ん、なんだ?」
「そういうことはいいんだけどさ、そんで結局その先はどうなったんだよ? トーヤがへたってその先の話だよ」
「ああ、そうだったな」
珍しくベルによって話が本筋に戻された。
「とにかくな、その日はそんな感じでもう使い物にならなかった。だもんで、しょうがないからみんなで部屋に戻ったんだよ」
部屋に戻るとトーヤは一言も話さぬまま木が倒れるようにベッドの上に倒れ込んだ。全身が泥のように重く感じられる。
「よお、トーヤ、大丈夫かよ……」
ダルが心配そうに話しかける。
「ああ、大丈夫だ、こうしてりゃ治るだろう、多分……すまねえな、なんか中途半端になっちまって」
「いや、それはいいけど、本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫だって」
そう言いながら、ダルにくるっと背中を向けて黙り込み、そのまま食事をとることもなくぐうぐう寝入ってしまった。
幸いにして夢の中にまであの緑の瞳が追いかけてくることはなく、ぐっすりと深く眠ったことで朝にはすっかり回復していた。
トーヤが目を覚ました朝はダルが村に帰る日であった。
「すまなかったなあ、変なことになっちまって」
「いいって、気にすんなよ、体調が悪くなることなんて誰にもあるし」
「そうか、その分またどっかで、そうだな、カースで厳しくやってやるからな」
「おい!」
慌てて言うダルにトーヤが吹き出す。
「おまえ、ほんっといいやつだよな」
「なんだよ~トーヤだって」
2人してけらけら笑い合うのは本当にもう長年の友人以外の何者でもない、そうとしか見えない。
実際、トーヤはこの状態がすごく心地よかった。この人のいい若い漁師にどうしようなく親しみを感じている。だが、自分は自分のためにこの少年を利用しようとしているのだとの考えだけは心の奥に置いておくのは忘れないようにと、きつく自分に言い聞かせている。
「しかし、本当に素質あるから漁師より剣士とかやってみりゃいいのによ」
「いやあ、そこまでは無理だろう」
「そんなことねえって。まあ戦に出るようなことはあんまりすすめられねえけど、この国だったら平和だし、そういう方でやってみても問題ないみたいに思うがな」
「う~ん、でも俺、海が好きだしなあ……漁師やめるなんて『
「え? なんだよなんだよそれ、
トーヤがその言葉の響きに
「あ、そうか、トーヤは知らねえもんな」
そうしてダルが語ることには、
「漁師の家では1人を残して一度に残りの漁師が死んでしまったら、残った1人も漁師をやめて残りの家族はみんな村を出なくてはいけないんだ。その最後の1人のことを『忌むべき者』って呼ぶんだよ」
と言うことだった。
「えっ、家族が死んだら追い出すってのかよ? なんだ、ひでえなそりゃ」
「いや、そういうことじゃないんだよ。助けるためなんだ」
「は?」
「最後に残った1人はさ、そのまま漁師を続けてたら連れてかれちゃうんだ、だから助けるために村を出すんだよ」
「はあ? なんだよそりゃ」
「例えば」とダルが続ける。
「うちは親父と兄貴2人、それと俺で4人が漁師だろ? 3人が一度に死んじまったらすぐに最後の1人とじいちゃん、ばあちゃん、かあちゃんが村を出される。でももしも2人死んで2人残ったらその必要はないんだ」
「別に村を出ていかなくても漁師をやめりゃそんでいいんじゃねえのか?」
「だめなんだ。村に残ってたら漁師をやってるのと一緒って思われてやっぱり連れてかれるんだよ」
「おい、連れてかれる連れてかれるってさっきから言ってるけど、誰が連れてくんだよ?」
「そりゃ神様さ」
「え、シャンタルがか?」
「いや、違う違う」
ダルが慌てて大きく両手を振りながら否定する。
「シャンタルは慈悲の女神だもん、そんなことしないって。なんでも海の神様が連れてくらしい」
「なんのためにだ?」
「漁師ってさ、ほら、魚とって生きてるだろ? 海から魚や貝や色んなもんを与えてもらってる。だから時々神様が返してもらいたがるらしい」
「何を返せって?」
「そりゃ命だよ」
「そんな馬鹿なこと……」
トーヤは笑おうとしたがダルはいたって真面目だった。
トーヤも思わず笑うのを途中でやめた。
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