巡る輪の結び目を触れる

雪降る希望の村




 白銀の静まり返った世界がルインを包み込んでいる。空からは冷たい雪がふわりふわりと舞い落ちるように降っていた。天候士によると、今年の冬は少し早くに訪れると観測された。




 その情報を仕入れるのが遅れたせいもあり、冬が訪れる前に帝都に行く予定が延期となった。予定通りに帝都に行っても良かったのだが、近頃リフィはソフィアやサアラと仲良く遊んでいるようだった。命に関わるほど急いでいるという訳でもないので、安全を取って冬明けに延期したのだ。




 薪ストーブの中で木が弾ける音がした。幸いにも薪割りを早い段階で終わらせていたおかげで、多少冬が早まっても暖をとることができた。家の中に設置した新品の薪ストーブは調子よく機能している。




 リビングにポツンと一人、俺は外の景色とゆらゆら揺れる炎を眺めながらソファーでゆっくり流れる時を過ごしていた。




 なぜ一人なのかというと、リフィがソフィアと出かけた日を境によく外へ遊びに行くようになったからだ。




 それはいいことだと思うのだが、妙に落ち着かない。単に遊びに行くだけなら気にならないと思うのだが、リフィに避けられている気がするのだ。




 一緒に寝たいと積極的に言わなくなったし(無言で裾を引っ張られて結局寝るが)、リフィは部屋に篭ることが多くなった。いつでもどこでも雛鳥のように、俺の傍を離れようとしなかったリフィに訪れた変化に少し戸惑っている自分がいる。




 そういう訳もあって今日、ソフィアを家に呼んで相談することにした。




 ―――コンコンコン。「おじゃまします」




 玄関からソフィアが家に入ってきた。時間は昼過ぎ、パン屋の手伝いが落ち着いてからで大丈夫と伝えたが、思っていたより早かった。




 「手伝いは大丈夫なのか?」




 ソフィアの腕には大きな紙袋。小麦とバターの香りが漂っている。




 「はい! クラロスくんへの配達ついでに行ってきていいと言われたので早く来れました。 どうぞ、ご注文の品です!」




 「ああ、ありがとう」




 紙袋を受け取り、代金を支払う。




 「今日はリフィちゃん、お出かけなんですか?」




 「朝から出かけているよ。ルインで友達が出来たみたいで何よりだ」




 ポットに茶葉とお湯を入れて、テーブルへ運ぶ。買い置きのお菓子は残っているだろうか。棚の中をガサゴソと漁る。




 「もしかしてクラロスくん、妬いてるんですか?」




 ―――ガタン!




 棚から取り出そうとした新品のクッキーの缶詰が、手から滑り落ちた。




 「痛ぁっ!! 妬いてる? 俺が? どうして?」




 足の指先に落ちた缶を拾いあげて蓋を開ける。




 「ふふふっ。『俺はリフィのことが気になって気になって仕方がないんだー』ってわかりやすいくらい顔に出ていますよ?」




 バカな。ポーカーフェイスにはそこそこ自信はあると思っていたのに、完全に見抜かれている。




 「俺、そんなに分かりやすく態度に出てる?」




 「はい! それはもう。だって、ポットの中に入ってるの、茶葉じゃなくてスパイスですよ? 普段のクラロスくんがこんなミスするはずないじゃないですか」




 ソフィアはくすくすと笑いを零す。




 確かに以前の自堕落な俺ならいざ知らず、今の俺がお茶を入れるごときでミスをしてしまうとは。




 「今日私を呼んだのもリフィちゃんのことですよね?」




 「実は特殊能力持ちの勇者候補だったりしないよな?」




 「ふふふっ。私がもしそうだったらどうします?」




 「オーケー、俺の負けだ。ソフィアの言う通りリフィのことで相談があるんだ」




 ソフィアは結婚したら旦那を尻に敷くタイプだな。会話で勝てるビジョンが全く浮かばない。




 「リフィちゃんに何かあったんですか?」




 「わからない。最近のリフィの様子がおかしいんだ。あんまり俺と顔を合わせようとしない」




 一瞬戸惑ったような表情を見せたソフィアだが、すぐに微笑みへと変わりうんうんと頷く。




 「心配するようなことは何も無いと思いますよ?」




 「そうなのか……? いやでも、時々考え耽ってるのか、ぼーっとしていることも多くてな……」




 「それは立派に女の子として成長している証ですよ? 今はゆっくり見守ってあげてください。それがリフィちゃんのためになると思いますから」




 女の子として成長……? やっぱり難しい年頃なのだろうか。その内臭いだの嫌いだの言われてしまうのか。そんなことを言われしまった日には正気を失ってしまいそうだ。




 「―――ロス、くん? クーラーロースーくーん?」




 「はっ……!? すまん、ちょっと気絶しかけていた」




 危ない危ない。言われてもいないことを想像して勝手に意識を持っていかれそうになっていた。




 「クラロスくんって意外と、子煩悩に陥りそうなタイプの父親になりそうですね。あ、でもこの評価は逆にリフィちゃんに失礼か」




 「子煩悩って……子供をもった覚えはないが、いまいち否定できないのが悔しいところだ。というか、どうしてそれがリフィと繋がるんだ?」




 「困った勇者さんですね~。察しはいいはずなのにあまりの鈍さに同情します」




 優しいような、怖いような、ソフィアが遠い目をしながら呟いている。




 「いいですかクラロスくん! リフィちゃんがいくら幼く思えても、立派な一人の女の子なんです。もし、リフィちゃんが一人の女の子としてクラロスくんとお話しする時が来たら、きちんと向き合ってください。間違っても父親ムーブはしたらダメですよ?」




 「お、おう……心得た」




 物凄い圧力をソフィアから感じた。これが俗にいう大人しい人ほど怒ると怖いってやつか。




 だがソフィアのおかげで気付けた。




 遠ざけようとしていたのはリフィではなく、俺の方だった。リフィの気持ちに気付いていながらも、それを受け入れまいとして父親のように振舞うことで一歩線を引いた関係を保とうとしていた。




 俺はまだ、誰かの好意を受け入ることを怖いと思っている。完全に治ったと思っていた心の傷は痕を残し続けている。




 ソフィアの言うきちんと向き合う、というのは、一線を乗り越えようとしているリフィだけではなく、俺自身の心も向き合っていかなければならない。傷痕を乗り越えてようやく、対等な関係になれるのだ。




 「―――っ! いけない、私ってばつい夢中になってしまって……」




 「気にしないでくれ。おかげで大切なことに気付かせてもらえ…………」




 「―――? クラロスくん、どうかしましたか?」




 「いいかソフィア。お前は今すぐ家に戻って、すぐにこの村から逃げろ。あとリフィのことも頼む」




 俺はそう残して家から飛び出した。






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