恋人へのバラッド



 「パセリ、セージ、ローズマリーにタイムとコショウ。うん、必要な物は揃った」




 買い物籠の中に必要な物が入っているかを確認して香草屋の店主にお金を払う。




 ルイン村のスカーバラ区、通称スカーバラ・フェア。私とソフィアは買い物に来ていた。ソフィアと二人でお出かけするのは初めてで少しだけ、ドキドキしている。




 スカーバラ・フェアはクラロスと何度か来ているが、右に左に、たくさんの人が溢れているのはまだ慣れない。すれ違いそうになる人と互いに道を譲り合おうとして結局立ち止まってしまったり、前をゆっくり歩いている人を追い抜こうとしたら道を塞がれて通れなかったり。




 あたふたとしてしまう度にソフィアが優しく手を引いてくれる。




 「リフィちゃん、大丈夫?」




 「う、うん、なんとか」




 「ちょっと歩き疲れちゃったね。あそこのカフェで休憩にしましょ」




 露店街を通り抜け、個人商店が連なる先にオープンカフェがある。白樺の木で作られた椅子とテーブルがテラスに並び、深い緑色のパラソルが日よけになっている。ちょっとした森のようで可愛いお店だなと思った。




 席に通され、私とソフィアは紅茶のケーキセットを注文した。




 「どうリフィちゃん、ここの暮らしは慣れた?」




 「うん、クラロスとソフィアが優しくしてくれるから楽しい毎日を送ってる。クラロスはたまに意地悪だけど」




 「意地悪するのはリフィちゃんとクラロスくんが仲良しな証拠だよ? あ、でもあんまり意地悪だったら私が怒ってあげる」




 「仲良し……そうだと嬉しい」




 胸のあたりがぶわっと温かくなる。




 最近のクラロスは昔のクラロスと同じくらいに明るくなった。再会したときは私の知っているクラロスじゃないみたいで、少しだけ不安だった。




 スカーバラ・フェアでリボンをプレゼントしてくれたあの日、幸せをたくさん受け取った。プレゼント一つで大げさかもしれない。だけど、私にとっては宝石よりもキラキラとした宝物なのだ。




 だから私の幸せをクラロスにも分けてあげたい。




 今日ソフィアとスカーバラ・フェアに来たのはその為の相談をしたかったからだ。




 「私ね、クラロスにお礼をしないといけないって思っているの」




 「お礼ってリフィちゃんのリボンの?」




 うん、と頷く。正面から肯定すると少し照れくさい。




 「そうねぇ……。私も男の人にプレゼントしたことないから正しいかどうかわからないけど、手近なものだとプレゼントはリフィちゃん自身かしら……」




 「―――わ、わた、わたた、わた、私!?」




 ソフィアは顎に手をあてて真面目な表情できっぱりと言い切った。




 プレゼントが私自身……。つまり、自分の体を綺麗なリボンで飾って、クラロスに体の全てを委ねるということで―――。それは私の恥ずかしいところもなにもかも委ねてしまうわけで―――。




 「り、リフィちゃん!?」




 もしもクラロスにふ、触れられるとお、お、思うと―――。




 「ご、ごめんねリフィちゃん! 冗談なの! 嘘だから!」




 「う、嘘?」




 よかったぁ……、と嘆息。頭が沸騰してしまいそうなくらい熱い。




 「ソフィア……どうして嘘を?」




 「私もリフィちゃんと仲良しだったらいいなー、と思ってちょっとだけ意地悪してみたの……。怒った?」




 「ううん。ちょっとびっくりしただけで怒ってない。けど、意地悪しなくても私はソフィアと仲良しだと思ってる」




 「うぅ…! リフィちゃん、なんていい子なのっ」




 ―――むぎゅぅ。


 ソフィアはわざわざ席を立って私を抱きしめに来た。




 クラロスの前だとソフィアは丁寧な雰囲気なのに、私と二人だとスキンシップが多くなる。よしよしと頭を撫でられる。悪くない心地よさ、もう少し強く撫でられたい。




 「あのぅ……?」




 はっ、と我に返ると、トレイに注文した紅茶のケーキセットを乗せて運んできたウェイトレスさんが困った表情を浮かべてこちらを見ている。




 「あー……えーっと……、お構いなく?」




 「し、失礼しましたーっ!」




 超スピードでお盆の上の物をテーブルに並べて、ウェイトレスさんは去っていった。




 「…………」




 ―――沈黙が流れる。




 気がつけば周りのお客さんの視線が集まっている。気まずい空気のせいか、ホールド状態を解いたソフィアは顔を赤くして自分の席に戻った。そしてわざとらしく咳払いをして、




 「と、とりあえずいただきましょうか?」




 「うん。だけど、どうして周りの皆は私たちを見てるの?」




 「どうしてかなー!? 私にはちょっとわからないかなー!?」




 パタパタと自分の顔を両手で扇ぎながら目を逸らすソフィア。ソフィアの顔が赤みを増していく。周りに目をやると、こちらを見ていた人たちも顔や目を背けて見ていなかったかのようにふるまう。




 私たちのやりとりは傍から見ると、どのように映っているのか気になるところではあるが今は目の前のスイーツの方が重要だ。さてどこから食べてやろう。いちごか、クリームか、はたまたスポンジか。




 わたしがケーキに夢中になっている間に、ソフィアは落ち着きを取り戻した。周りのお客さんも、自分たちの世界に戻っていく。人の世界というのは興味の移り変わりが激しいのだなと、クリームをたっぷり付けたいちごを頬張りながら思った。






×××××






 「ふぅむ、クラロスさんにプレゼントですか……。確かに考えてみるとかなりの難題ですね」




 場所はブティック・トリップ。季節が移り替わったからか、以前ここに来た時よりも厚手の衣服が並べられており、少しだけお店の中が狭くなったような印象を受ける。




 カフェでソフィアと色々話し合った結果、プレゼントを買いに来る人を何人も見たことがあるであろう友人に会いに行くことになった。そのソフィアの友人こそが、ブティック・トリップの一人娘であるサアラだった。




 サアラに経緯を話すのは緊張した。クラロスやソフィアと違って知らない人に自分から話すというのはあまり得意でないということを知った。それでもなんとかサアラに話してみると、嫌な顔をせずに一緒に考えてくれた。




 「というかソフィア。相談する相手間違えてないですか? 一応ここ、婦人服店なんで、男性向けのプレゼントできそうな物は取り扱ってないですよ」




 「たしかに女性向けの商品しかない! でも、サアラならプレゼントの心得とか知っていそうだし、私よりかはリフィちゃんに的確なアドバイスしてあげられるんじゃないかなーって」




 「そう頼りにされると断るに断れないですね……」




 難しいことをお願いしているのかもしれない。生まれてこのかた14年、人間の営みをそれなりに見てきたと思うが、いざ自分が同じように立ち振る舞おうとするとどうしたらいいのか分からない。




 「お願いサアラ、私、プレゼントなんて初めてだから、どうすれば喜んでもらえるのか教えて欲しい」




 「そうですね……。ありきたりな答えですが、基本中の基本、一番大切なのは送る相手のことを想いながら選ぶことが大事ですね。その想いがあって初めてプレゼントが成立すると思います」




 「クラロスを想いながら選ぶ……」




 クラロス。私にとって、とても大切な人。私からプレゼントを送ったら一体どんな表情を見せてくれるのかな。驚く? それとも笑ってくれる? もしかしたら泣いてしまったりするのかな? 一番は喜んでもらいたい。大好きなクラロスに笑って受け取ってもらいたい。




 ―――トクン。




 胸が強く高鳴る。クラロスのことを考えると、すぐ傍に居たくて仕方がない。燃え巡り照らす太陽のように心が熱くなる。




 「あ、そうそう。この村に伝わる古い歌に、恋人へのプレゼントを歌ったものがありましたね」




 「そんなものがあったのね。どんな歌?」




 ソフィアが歌って見せてとサアラを促す。




 「いやー。メロディーとかは知らないですけど、歌詞の一部に『カンブリックで作ったシャツをあなたに送ったその時、私たちは恋人になるでしょう』っていうフレーズがありましたね。なかなか渋い歌詞だとは思いますけど」




 「恋人って? 恋人になるとどうなるの?」




 「ま、まさかの純粋ピュアピュア発言いただきましたー!」




 私はそんなに騒ぐほど変なことを言ったのだろうか。そしてまた私はソフィアに抱きしめられている。そんな優しい抱擁の中で、ソフィアが私の疑問に答えてくれる。




 「恋人っていうのはね、自分と好きな人がお互いに好きって伝えて、ずーっと好きでいようって誓いあった二人のことを指すの」




 好きでいようと誓い合う。私はクラロスのことをずっと好きでいることを誓える。それは今までも、これから先も。だけどクラロスはどうだろう。もしクラロスが私のことをずっと好きでいてくれると誓うのなら、それはとても、言葉にできない程嬉しいことだと思う。




 「サアラ、私、カンブリックのシャツを自分で作って、クラロスにプレゼントしたい」




 「歌に則ってプレゼントを作るんですね。いいでしょう、ブティック・トリップの跡取り娘である私が、リフィさんにシャツ作りを伝授しましょう!」




 「ありがとうサアラ! とても嬉しい」




 「その代わり作るからには心のこもった最高のシャツを作りますよ~? ビシバシいくので覚悟しておいてくださいね?」




 茶色のポニーテールを揺らしながらサアラはニッと笑う。




 心のこもったもの。人が作り出したものにはそうやって心を植え付けていくのだと、この時の私は自分の正体を考えながら思った。




 人にも物にも心がある。




 心があるものには魂が宿る。




 魂がどれだけ小さくとも、心を少しずつ少しずつ育てていけば、今私が体験しているような奇跡を生み出すことだってできる。




 どんな形であれ、クラロスに永遠を誓えるのなら、この奇跡が解けてしまっても後悔をすることはないだろう。




 「いけない! もうこんな時間!」




 ソフィアが店内の柱時計に目をやって驚きの声をあげる。時間は17時を示していた。




 「クラロスが迎えに来てる。サアラ、シャツ作りはどうしたらいい?」




 「とりあえず今日は帰って、また明日から始めましょう。お店を開けてから昼過ぎまでは時間があるから、その時間に来てください。あ、もちろんクラロスさんに怪しまれないように秘密にしてくるんですよ?」




 「わかった。明日からよろしく」




 私とソフィアはお店を後にする。




 17時といっても少し過ぎてしまっていたので、クラロスを待たせてしまっている。私たちは急ぎ足で時計広場に向かった。




 草花で時計の文字盤を模っている大きな時計。その広場に差し掛かる手前、ソフィアが一言話しかける。




 「プレゼント、うまくできるといいね!」




 「うん、私、頑張る!」




 一世一代の、私のプレゼント計画が大きな一歩を歩み始めた。






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