来訪者



 風は日を増すごとに冷たさを帯びていく。街路樹は次々と冬支度の為にその身を枯らし、元気に飛んだり跳ねたりしていた生き物たちは眠りの準備に入る。




 帝都よりも南に位置するとはいえ、ルインにも冬が訪れる。




 市場に並ぶ食材は寒さに強い葉物野菜や、この時期でないと捕れない魚が並び始める。




 リフィと生活を共にしてはや1か月が経とうとしていた。




 相変わらずリフィの素性は分からないままでいた。怪しくないのは明白なので憲兵に迷い子として引き渡す気にはなれなかった。




 かといって、ずっと俺の家に住みつかせるのもどうかと思う。




 人が集まる帝都なら、リフィを知る人物が現れるかもしれない。それに聖槍グリフィリーベのことも気になっていたので、リフィのついでに教会に寄ることを考えた。行くなら、本格的に寒くなる前がいいだろう。




 その時は帝都に憧れを持っているソフィアも連れて行くのもいいだろう。




 「それじゃあ行ってくる」




 コートを羽織ったリフィが玄関口に立つ。キッチンに買い置きしていたハーブが無くなったので、その買い出しのついでにソフィアとスカーバラ・フェアで遊ぶ約束をしているらしい。




 「本当に一人で大丈夫か? 不安なら送っていくぞ」




 「大丈夫、一人で迷わず行ける」




 絶賛迷子キャンペーンガールが何を申すか。




 でもまぁ村の外に出るなどという馬鹿な真似はしないだろう。ルインでの生活も慣れてきた頃だ、村の一人歩きぐらいなら大丈夫だろう、たぶん。




 「絶対に村の外に出ようとか思うなよ?」




 「村の外に用事なんて無いもの。出ようなんて思わない」




 「いいか、悲しい結末があるタイプの物語ではな、慣れてきた頃に危険なところに行くなって言うと、大半の登場人物は何かしら理由を付けてその場所に行こうとする。行くなっていった本人が気づいたころにはもう遅い。バッドエンドが待っているんだ」




 言いつけを守らない大体の理由が自分で何とかなるだったり、強すぎる好奇心だったりと、目を離していると止めるに止められない状況に陥っている。これは決してフリではなく、親心的な心配をしているのだ。




 「それ、ソフィアから借りている本の内容。クラロスって意外と影響受けやすいのね。結末が気に食わなかったって顔してる」




 ―――っぐ、なかなか鋭い。確かに結末は気に食わなかった。自分は死にかけているというのに愛する人の為に戦場に赴き命を散らす。納得して死を受け入れているとはいえ、それは幸せといえるのだろうか。




 「それはそれ、これはこれだ。絶対に村の外に出るなよ?」




 「もう、過保護すぎ。私は何があってもクラロスの傍にいる。だから安心して。それとも、少しでも離れるのが嫌?」




 リフィは似合わない意地悪な笑みを浮かべる。




 「ああもう、わかったわかった。だが、日が暮れそうになったらスカーバラ・フェアの時計広場まで迎えに行くからな。ほら。とっとと行った行った」




 しっし、と手を振ってリフィを見送る。この手の詰め寄られ方に耐性が無い自分が情けない。




 「クラロスのバカ。いってきます!!」




 あしらい方の雑さに、頬を膨らませながら出ていくリフィ。そうそう、変に大人ぶるよりそっちの表情の方がよっぽど似合っている。




 さて、一人になってしまった。リフィと暮らし始めてからずっと一緒に過ごしていた。一人の時間がないことが苦痛だとは思わないが、いざ一人になってみると時間の使い方が分からない。今までどうやって時間を使っていたのだろうか。




 ソファーに腰かけ、腕を組んで思い出してみる。目に映ったのは大きな酒樽。うん、思い出した。思い出したが、思い出したくない。




 自堕落ここに極まり、一日中酒を喰らい、掃除はおろか食事すらままならない荒れに荒れた生活。


ソフィアには迷惑をかけた。家事という家事を完全に任せっきりにし、我が儘な子どもの様な態度をとる俺に嫌な顔ひとつせずに寄り添ってくれていた。彼女には大きな恩が出来た。俺に出来ることは少ないかもしれないが、彼女が困った時、必ず力になろう。




 改めて自分は変わったなと思う。物事への考え方もそうだが、感覚という感覚が一転した。




 見える景色が違う。赤や青や黄色の絵具で塗られた景色がはっきりと見える。はっきりと見えていない時、絵具という絵具がぐちゃぐちゃにかき混ぜられた景色だった。正しくない景色は酷く気分が悪かった。




 聞こえる音が違う。時を刻む秒針、風が木々を撫でる音、小鳥たちの歌。全てが金属を擦り合わせた音だった。聞こえる音が不快な雑音、その雑音は全て消え去った。




 そして一番顕著になったのは食事。何も美味しくなかった。その時の俺にとっての食事は、ただ生きるための手段でしかなかった。最低限のエネルギーと最低限の栄養。それだけ摂れれば他はどうでもよかった。でも今はそうじゃない。美味しいと感じることも出来るし、食べたいと思うことが増えてきた。




 変わったと思う感覚全てが、人が人らしく生きられる証なのだと実感した。俺はきちんと戻ってこられた。失ったものは決して少なくないが、失ったものばかりを数えるのではなく、これから得ていくものを数えていくことにしよう。




 それが、リフィが示してくれた俺の歩むべき道なのだ。




 そうと決まれば俺も冬支度を進めよう。




 怪我が完治し、冬を越すために薪ストーブを新調した。輝石を使った暖房器具もあるにはあるが、焚火の炎が好きな俺は薪ストーブにした。




 幼少期の龍種による炎に対してのトラウマがある。だが、そんな苦い思い出を上書きしてくれるほどに勇者時代の焚火の炎が好きだったのだ。静かに揺らめく火をじっと見つめる時間は、戦いで疲れた心を癒してくれたのだ。




 それはリフィも同じのようで、薪ストーブを使う日を楽しみに待っている。その期待に応えるためにも、燃料である薪を割ることにした。




 薪割りは怪我で鈍った体を叩き起こすにはちょうどいい運動だ。庭に出た俺は手斧を倉庫から引っ張り出してきた。薪を燃料として使うには、手ごろな大きさに割ってから乾燥させなければならない。






 ―――ガコン。木を割り、カランコロンと音が鳴る。




 こういうのを隠居生活というのだなと、少しだけ可笑しくなる。僅か20歳の若者が老人にも引けを取らないアフターライフを満喫していると思うと、なんて贅沢な時間の使い方なのだろうとあの世でカルムとリューレが笑っていることだろう。




 ―――ガコン。カランコロン。


 ―――ガコン。カランコロン。




 気がつけば無心になっていた。単純作業は得意ではないと思っていたが、案外やり始めると夢中になるタイプなのかもしれない。




 薪がどんどん積みあがっていく。体の調子も良く、このペースなら十分な量を確保できるだろう。




 「ありゃりゃ? クラりんが薪割りなんてやってる! 勇者クビになったの本当だったんだぁ~!」




 馴れ馴れしいきゃぴきゃぴとした女の声。気配を察されることなく俺の背後から声の主に覚えがある。




 「気配を消して会いに来るとはいい度胸してるじゃねぇか、フレデリカ・ル・ノワール」




 「もー! フリッカって呼んでって言ったじゃ~ん! 相変わらずクラりんは冷たいなぁ」




 背中に弓を背負っているピンク色のショートヘアが特徴的な女性。小柄な体格の割りにスタイルが良く、スリットの入ったドレスを着用しており、寒い季節だというのに肌の露出が激しい。




 「そのクラりんって呼び方をやめろって言っただろ、フリッカ」




 体格と言動で幼く見られがちだが、俺より年が上に5つ程離れている。彼女もまた、聖具のひとつである煌弓デザイアスの所有者、勇者フレデリカ・ル・ノワールである。




 「ええ~、可愛いからいいじゃんクラりんでさ~!」




 「可愛いから嫌だって言ってんだろうが! それで、わざわざクビになった元勇者になんのようなんだ?」




 「うっわ~! なかなか良い家に住んでんじゃ~ん! ウケるんですけど!」




 俺の言葉がまったく耳に届いてなかった。それどころか勝手にずかずかと家の中に入っていった。




 「―――ったく。薪割りの続きはまた今度だな……」






×××××






 「ほら、はちみつと砂糖たっぷりのミルクティーだ」




 「わ~い! 久しぶりのクラりんが淹れてくれたミルクティーだ! いっただきまーす!」




 家の中を好き勝手に探索し、一通り満足したフリッカはソファーでくつろぎだした。マイペースで我が道突き進む性格は昔のままだった。




 「それでもう一度聞くが、わざわざ俺に何の用だ?」




 フリッカは勇者であると同時に技術者でもある。輝石を用いた家具などのアイテム作成から、誰でも扱える兵器の開発などを請け負っている。基本的には前線に立つことは無く、サポート役として裏で支える引きこもりだ。




 勇者が欠けて人手不足とはいえ、裏方の勇者がわざわざ辺境に近い村まで足を運ぶということは何かが起ころうとしている前兆とも読める。




 「クラりんってば真面目だな~♪ あ、そういえばあの時はごめんね~。ついうっかり逃がしちゃってさ~、クラりんがいなかったら危うくこの村を壊滅させちゃうところだったよ~」




 てへへ~と舌をだして気の抜けた謝罪をするフリッカ。




 「ちょっと待て? この村を壊滅? まさか、南の平原を封鎖していたのってお前だったのか!?」




 「そだよ~? シェロから最近の龍種の行動がおかしいって聞いたから、素材の採取を兼ねて龍種の観察をしてたんだ~。いわゆるドラゴンウォッチングってやつ? ま、斥候に来た2体を見逃しちゃう大ぽかかましちゃったけどねぇ、アハハ!」




 「いやそこ笑うところじゃないだろ」




 その大ぽかのおかげで死にかけたかと思うと泣けてきた。死にかけたからこそ心が立ち直ったとも言えるが、そのことは言わない方がいいと本能で判断した。




 「大ぽかかまして何かわかったことはあったのか?」




 気が締まらない雰囲気を醸し出しているフリッカだが、観察眼は勇者の中でもトップクラスに鋭い。あまり馴れ合いを好まないシェロが、正反対の性格をしているフリッカに情報を与えたのはその観察眼を高く買っているからだ。




 「それがねぇ、全っ然わからなかったんだよね~」




 「―――――――――は?」




 何を言っているのかわかりたくなかった。




 「―――つまり、得られた情報がなにもなかったと?」




 「あ~違う違う。わからないっていうことがわかったのさ。逃した2体のうち1体が急旋回して戻ってきたから、えい! って捕まえてちょっとだけ尋問したんだよね~。下級龍種だったから、開発中の意思伝達の輝石の実験を兼ねて『誰にどんな風に命令されたんだ~』って聞いたのよね」




 さらりと研究の内容を流したが、話を聞く限りではとんでもないアイテムを創り出そうとしている。




 どこの種族にも、言葉を使って意思伝達が出来ない者が存在する。中には覇族のように魔力を介して意思を伝える者もいるが、それはレアなケースだ。そういった者たちと意思疎通を図るために、フリッカは意思伝達の輝石を開発しているらしい。開発に成功すれば他種族との交流が可能になるかもしれない。




 「龍種はなんて答えたんだ?」




 「確かね~『キサマら下等生物にアタエル情報など無い』って言ってた」




 声を低くしてカタコトっぽく龍種の真似(?)をする。




 その返答だけを聞くと確かに直接得られた情報は無い。




 だがその短い言葉を紐解けば、言葉の裏に隠された情報が明らかになる。そのことに気づいた様子を見せると、フリッカは補足するように解説を加える。




 「まず、うちの質問に答えた時点で、命令で動いているっていうのがわかるよね。反抗する意思を見せるということは、上からそういう風に教育されているということだしねぇ」




 自分の意思で動いたのならば否定あるいはシラを切るはずだ。それで自分が助かる見込みが立たないのなら自白して命乞いをする。組織ぐるみで教育されていると、裏切りは悪だという思想を植え付けられる。悪と断定された者は味方であっても罰せられるのが社会というもの。だからその龍種は反抗した態度を見せて、自らの死を選んだのだ。




 「奴らの国で組織が生まれつつあるということか……」




 「うん、そういう風に捉えることもできるねぇ。龍種の国っていっても、その地域がたまたま龍種にとって暮らしやすい環境だから集まっているっていうだけで、うちら人間みたいに身分があるわけではないもんね~」




 人類にとって龍種とは生きた災害のようなもの。




 龍種が観測されるのは大半が単独での顕現で、複数個体が同時に現れることは基本的にありえない。俺の過去のように複数の龍種が襲撃したという例もあるが、それは中級以上の力のある龍種が召喚した眷属で、召喚主と同一個体の分身として扱われる。




 群れることなく個体で活動する龍種が組織を作り始めた。それが事実だとしたら、人類にとって覇族以上の脅威となる。




 「まぁあくまで仮定のハナシだけど、ほぼほぼ推測は当たってるんじゃないかなぁって思ってるのよねぇ。斥候に来ていたあの2体の龍種、ぱっと見の外見は似てるワイバーンだけど別個体ぽかったし。あ、クラりんが倒したワイバーンはうちが回収したよ~。帝都に運んで個体の識別しなきゃいけないからねぇ」




 技術職はつら~い。と喚いてはミルクティーをすする。




 フリッカの推測通り、別個体のワイバーンだった場合。それは遠くない未来に人類と龍種の戦争が始まるだろう。そうなると龍種の国に近いルインは戦火に巻き込まれる。




 「もし別個体だったとして、教会はそれをどう受け止める」




 「ん~十中八九、人類の脅威と認めるんじゃないかなぁ。教会が認めちゃったら国王もそれに従っちゃうだろうし、戦争が始まるとみていいんじゃない? うちはめんどいからヤだけど!」




 「そうだよな、そうなるよな……」




 今の俺は教会の決定に口出しは出来ない。戦争が始まってしまったら、ただ逃げるという選択肢しか残されていない。その事実がとても息苦しい。




 「あ~あ、なんでみんな仲良くできないのかなぁ。戦争なんて悲しいだけでいいことないのにさ」




 珍しくフリッカが弱音を吐いている。いつもはお姉さんぶって皆を励ます存在だった。そんな彼女の気が弱っているのはカルムとリューレを亡くしてしまったせいなのかもしれない。




 「皆怖いんだよ。姿形も、食べるものも、言葉も違う。だったらせめて似たものだけで固まって、仲間だけでも守ろう。そうやって同じ種族が集まって国が出来る。だけど、それは見てくれだけの似たもの同士だ。仲間内で瓦解を起こしかねないから、団結するために敵を作る。そうやって戦争が起きるんだと前線で戦っていて思ったよ」




 「敵を作りたくないから、敵を作るってこと? なにそれバッカみたい。そんなことを最初に考えたやつを探し出してうちの被検体になってもらうんだから! そういえばそれで思い出したんだけどさ―――」




 背筋にぞくりと悪寒がはしる。天才技術者であるフリッカのいいたいことが大方予想できる。天才と呼ばれる技術者はどこかぶっとんでいるのは、フリッカとの長い付き合いで身に染みている。さぁくるぞ、勇者を震え上がらせるいつものセリフが。




 「うちの実験に付き合わない? 被検体になっ―――」




 「断る!」




 「ええ~!? まだ最後まで言ってないんだけど!?」




 「いーや、最後まで言わなくていい。『一口食べたら1週間食べなくてよくなる干し肉』とか『目に入れると魔力無しで遠くを見渡せるレンズ』みたいな実験はもうこりごりだ」




 フリッカと知り合って間もない頃、実験の手伝いということで研究室を訪ねて干し肉とレンズを俺が試すことになった。リューレたちは全力で俺を止めたが、好奇心旺盛な子供だったのでそれを押し切ったのだが。




 まず初めに干し肉を一口かじった。名前からイメージする作用は満腹感が持続して、必要な栄養も体内に蓄える的なのを連想したが実際は違った。いくら口の中で咀嚼しても一向に小さくならないのだ。だからいつまでたっても口の中からなくならない。




 噛みちぎれたのに、なんで口に入れた途端切れなくなるんだと尋ねたら、決まった部位しか切れないようにしてあり、口に入ったものは一定回数以上、咀嚼を繰り返さないと呑み込めない硬さになっているという。




 意地になった俺はひたすら咀嚼を繰り返し、1週間分の咀嚼を終えて呑み込んだ。フリッカは「1週間分の栄養を一気に摂っちゃうとどうなるんだろうね?」と愉快そうに目をきらきらさせていた。




 怖くなった俺はトレーニングで過剰分の栄養を無理やり消費して難を逃れたが、フリッカのひと言で危険性に気づけなかったと思うと恐ろしい。




 もう一つの『目に入れると魔力無しで遠くを見渡せるレンズ」は、呪力視を魔力を使うことなく行使できる優れもの。だと思っていた。




 確かに目に入れても痛くないし、かなり遠くまで見えたのだが。魔力を媒介していないせいか、遠くを見た途端に平衡感覚が180度回転しているような感覚に陥った。おまけに近くを見ることが出来ないので手元の細かい動きがわからなくなる。




 ならば遠くを見る時だけ装着したらいいのではないかと思うのだが、レンズを一度外してしまうと一気に乾燥が進んで目に入れることが出来なくなる。それなら最初から呪力視で遠くを見た方が手っ取り早いとなったので実験はある意味成功だった。




 平衡感覚が乱れに乱れた俺はレンズを外してからグロッキーになったことを除いてだが。




 「お前の実験に付き合っていたら体がもたなくなる。だからお断りだ!」




 「酷い!! これでも人類の生活が楽になるように色々考えてるんだよ? ま、まぁ? 勇者に選ばれる人の体って、多少の無茶をしても頑丈だから実験に最適なのもあるけどさぁ……」




 「おい、最後の方を小声にしても聞こえているぞ」




 「アーアー、キコエナーイ」




 「おめぇじゃねぇよ!?」




 あいつらが俺に実験協力をやめさせようとした訳が、ようやくわかった。このもっさり女、多少の危険なら目をつぶる確信犯だ。




 「ちぇー、今回は諦めるか~」




 「これからもお断りだ!」




 「しくしく、お姉ちゃんはこんな子に育てた覚えはありませんことよ……」




 ご丁寧にハンカチまで取り出して泣いたふりをしている。育ててもらってねぇ! って返すには、付き合いの長さ的に言うのが躊躇われる。言うことやることは滅茶苦茶だが、なんやかんやで面倒見のいい姉のような存在なのだ。




 「俺もう丈夫じゃないんだ、どっちみち実験の協力はできないんだよ」




 「え!? 何それ、どういうこと!?」




 「どういうことって、もしかして聞いていないのか? 俺が勇者をやめた理由を」




 シェロに会ったと言っていたから、てっきり知っているのかと思ったがあいつ言わなかったのだろうか。




 「間抜けだからクビになったとしかシェロから聞いてないよ!? う~んこれは教会に一度戻って顔をださないといろいろ面倒になりそうな予感」




 「間抜けってな……、アイツに会ったら一発殴っといてくれ。教会にはどれくらい顔出してないんだ?」




 「研究で篭りっきりだったし、ここに来たのも突然の思い付きだから……。大体1年くらい?」




 てへっと舌を出しておどけてみせるフリッカ。




 「1年って……、今頃司祭たちが胃を痛めながらお前を探してるのが想像できるな」




 勇者の任務の指令は帝都の教会本部で下される。ほとんどが短期任務で、消化すべき事件が山のように待っている。




 フリッカに与えられる任務の大半は長期のもので、技術者ゆえに開発関係の依頼が多い。自由奔放な性格をしている彼女にとって、期限のある開発研究というのは退屈らしく、締め切り間近になると今のようにふら~っと逃げ出すことがよくある。




 「なはは~帰ったら修羅場だねぇこりゃ」




 フリッカは気にすることなく陽気に笑い飛ばす。




 「笑ってる場合じゃないだろ……、それで今日はどうするんだ? 宿が無いなら泊まっていっても構わないが」




 リフィもいるが、勇者関係でフリッカなら何か知っているかもしれない。会わせてみるのもいいかもしれない。




 「んにゃ、うちはこのまま帝都に帰るわ、龍種のこともあるしね~。ミルクティー、ごちそうさま。飲みたくなったらまた来るね~」




 「そうか、急ぎの用件だし仕方ないな。いつでも抜け出しに来いよ」




 「おや~? クラりんってば、お姉ちゃんと離れるのが寂しくなっちゃったのかな~? かなかな~?」




 う、うぜぇ……、調子のアップダウンが激しすぎてついていけねぇ。リフィといい、フリッカといい、どうして俺の周りには素直になると茶化すやつばっかりなんだ。




 「はいはい寂しい寂しい、寂しいからとっとと帰れ」




 「んもう! 淡白なんだから! ……元気でいなよ~? またね!」




 「―――ああ、またな!」




 寂しいのは自分の癖に素直になるなら自分がなれよ、とは言わずに別れの挨拶だけを返した。また会って、別れ際に同じ態度を取られたらその時に言ってやろうと、天真爛漫を装う彼女を送り出す。






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