知には平和を
人の口には戸が立てられないというが、建設できなくもない。
死人に口なしだ。
反集団免疫規制法にもとづきコロナ天国がネットを検閲していた。
和木下は産業医を通してマツリックスの幹部に健康被害を訴えた。
このままでは言いたいとも言えなくて気が狂ってしまう。これはパワーハラスメントだ。
「…それからコロナ天国では新型インフルエンザなどなかったことの様にふるまえというわけではありません。あくまでマスク警察やコロナはただの風邪という会話を禁止しただけです」
幹部はパワハラを否定した。
「だって、仕事の効率が落ちてます!」
温子は業務日誌や医師の診断書を提示した。
しかし、幹部は眉をひそめる。
「あなたはコロナ天国を利用してコロナ対立に否定的な発信をしようとしていますね。自粛してくれませんか。これは命令でなくあくまでもお願いです」
上司はコロナ天国に忖度する人々をコロナネイティブと呼び、消毒された言動、会話をコロナニュースと称した。
温子が確認した。「つまり、あなたはネイティブなニュースを見たいときだけネイティブなニュースを発信すればよい。もしくはネイティブなニュースを聞きたい時だけ聞ければよい、とおっしゃるのですか?」
すると上司は「当社ではこのようなルールになっております」とだけ述べた。
規則鉄則、原理原則、か。世知辛い世の中だ。
「どうもこの会社は権利と義務をはき違えているんじゃないでしょうか」
温子は反論した。
どうか、「ネイティブなニュースを聞きたい」というのは「ネイティブなニュースを聞いていたい。」ということと同じように思っているように思いますがいかがでしょうか。
こういいたいらしい。
もちろん、倒産だの重症患者数だの暗い話題に耳を塞ぎたい人はいるだろう。だが少数の福祉をまるで総意であるかのようにまとめてしまっていいのか。
すると幹部は肯定した。「もちろんその方が幸せでしょうから、いいのでは」
ムカッとして思わず温子は席をけった。
「しかしどうにもならないことがあります。大変失礼だとは思いますが、
コロナネイティブになれない、コロナ天国についていけない人たちがいらっしゃいます!」
「ええ、確かにコロナの話題を口にせずにはいられない人がいます。そんな時にこそコロナ天国なら対応できます」
堂々巡りだ。温子はしびれを切らした。そしてスカートのポケットから持ち込み禁止のスマホを取り出した。
幹部の制止も聞かずコロナ天国アプリをアンインストールする。
と、同時にどやどやっと従業員がなだれ込んできた。西の扉が開く。手に手にアルコール消毒銃、マスク。
東の扉からは天使の大群。南の非常口からビキニショーツや海パン一丁の男女ボディビルダー。
「なっ…?」
幹部は三方をコの字に囲まれる。
そして天国と地獄のBGMが鳴り響くなか温子は這う這うの体で逃げ出した。
●
「松戸先生ェー!マツリックス社ガ―ーー!」
小鞠審議官が泣きながら駆け込んできた。
「おう、派手にやっとるわい」
ちょうど、博士は助手たちを松戸名物ピーナッツサブレをつまんでいた。
四本足のアナログテレビが爆音を轟かせている。
『続報です。ただいま寒風台のオフィスビルで爆発があった模様です』
NACK5やベイFMも速報している。
「ズスス…ってお茶を啜ってる場合ですか~」
慌てふためく審議官に博士は地元銘菓を勧めた。上品な焼き菓子に国産のクルミがあしらってある。
「それで、君はビルの修繕に来てくれたのか?」
「博士の会社でしょうが~経営者として責任がありますよ」
小鞠が𠮟りつけると博士は憮然とした。
「どうにかせいといったのは君だ。変換のしようがない群を変換しろという。しょうがないから三番目の群を追加してやったまでだ。」
「と、仰いますと?」
審議官は目をぱちくりする。
「共通する集合で第三の群を作った。マスク警察×コロナはただの風邪、だ。それを媒介せんことにはどうしようもなかった。」
小鞠の顔がみるみるうちに青ざめる。
「うそ…それって、戦争やん」
(マスク警察、コロナ)・(コロナはただの風邪,コロナ)⇒(マスク警察,コロナはただの風邪)である。
すると松戸はつまらなそうな表情をした。
「そうだが? 平和は火種が綺麗さっぱり燃えつくした焼け野原に生まれる物じゃ。クラウゼヴィッツも戦争論で言って居る。平和は平時に最大の資源を費やして次の戦争を準備する」
「そんな! どうにかしてくださいよ」
泣きわめき、鼻水をたらし、ひれ伏す政府の使者。
松戸は他人事の様に受け流す。「儂はドラえもんではないが…」
そして、思い出したように付け加える。
「そういえば、プラネタリウムの音響機器が…」
やまいだれの争奪戦。「ち」という字に付いた方が平和なのかそれとも? 水原麻以 @maimizuhara
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