第678話 ありがとうまたいつか(これからもよろしく)(推しと)
──夢を、見た。
一面の花畑を見下ろす芝の上。
隣に、ニコが居た。
成長したニコだ。
現代風の、綺麗で清潔そうな白いシャツにあの緑のパーカーを羽織っている。
風が気持ちよく吹きわたり、花々の可憐ないい匂いを運んで来る。草と土の匂いもする。
空は薄青く、春の空だった。
美しく響く、小鳥たちの鳴き声。
ツィピツィピ、チチチチチ……
私たちは、色とりどりのピクニックシートに腰かけ、二人の間にはバスケットが置かれていた。その中には、あの日みんなで食べたホットサンドがある。
それぞれの手には、温かな紅茶の入ったカップがあった。色違いのお揃い。
気持ち好くのどかで、ニコがこんな風に暮らせる世界だったらどれだけ良かったろうと当時の私が夢見た通りの世界だった。
私は、穏やかなニコの横顔を盗み見ながら、勝手に感極まったり、やっぱり私の初恋の人は格好いいなあ! と時めいたり、大忙しだ。
「……良かったね」
ニコの声が、静かに響いた。
「君の友達はみんな、いい人たちだ」
「……うん。うん、本当に、そうなの」
ニコに話しかけられた嬉しさや、友人たちを褒められた喜びで胸が詰まる。上手く言葉を返せない。まるで、もじもじと俯く小さな少女に戻ったみたいだ。もどかしい。
「今回は、こんな風にみんな同じ意見だったけど」
ニコが静かに話す。
ツツピーツツピー、チーチーチー
小鳥たちのお喋りは絶え間ない。
「きっと、違う意見になることもあるだろう。これからは」
「というより、基本はそう。だって私たち、同じ人間じゃないもの」
彼女たちは今でも一番仲が良いし、気心が知れていて落ち着く仲だけれど、趣味や一番刺さるものなどはみんなかなり別々なのだ。
意見だって、とんがっているもの、丸いもの、いろいろだ。
それを心密かに寂しいと思う時期もあったけれど、今は「それでも、一緒に居て落ち着くのってそこそこ奇跡」と思い受け入れている。
……ちょっとだけ、嘘。今でもごくたまに、ふと、一抹の寂しさを感じるときもある。
ああ、おんなじ意見だったらいいのに。私もそうって笑い合いたかったのに。
なんて。ほんの一瞬だけれど。
「こういう重要な事柄でもってことさ」
「……そうねえ」
そういうことも、あるかも知れない。
そのときの寂しさを思う。きっと、今日のことを思い出して切なくなったりもするんだろう。
わかるって、私もそうって。一緒にやろうって誰か言ってよ、とか。
一瞬だけでも、きっと思ってしまうだろう。
だけど。
「それでも君は」
「私は、私が良いって決めた道を進むよ」
さあああ、と風が吹く。甘く、ちょっぴり冷たい春の風。
ニコによく似合う。
「あなたに恥じないって思った道を行く」
自分でそう決めた。
あなたと結婚式をし、あなたを感じる部屋で暮らすと決めたときに、きっぱりと。
自分を疎かにしないで(だって疎かにしたら、あなたを感じる部屋を維持することも出来ない)、自分に助けられる分は他人を助ける。絶対救えるなんておこがましい勘違いをしないためにも、あくまで『自分の手が届く範囲』で。
自分はそう在ると、決めたのだ。
「そう」
「……流石に、彼女たち全員に反対されたら、一度立ち止まって考える必要はあると思ってるけど」
「その冷静さは、大事だよ。ぼくもずっと大事にして来た」
ニコが、自分の胸に手を置き、目を伏せ言った。
「……約束するよ」
また、風が吹く。東からの風だ、と何故か思った。
梅の花のような香りがする。
春の始まりみたいな匂い。
夢の中だからか、そういうちょっと無茶苦茶なところも自然と受け入れられた。
「君の中のぼくは、君を必ず応援する。……現実的な手助けは、何一つしてあげられないけど、でも、君の中のぼくはずっと君の傍に居るよ」
約束する、と、彼はもう一度言った。
そう、その言い方。確かなものは此処に在ると静かに言い切るようなその口調が、私は本当に、本当に大好きだった。
私はにっこり笑った。
「うん。ありがとう」
憶えておく、と私が言った。彼もまたにっこりと微笑む。
何処からか、音がする。アラームの音だ。
素敵な夢だけれど、早く起きなければ。
だって、今日は彼との結婚式だから。
「じゃあまた後で」
彼が悪戯っぽく笑って、風が強く吹いた。
次に目を開けると、そこはもう、私の部屋で。耳元でアラームが、「今日が始まるよ」とけたたましく鳴っていた。
END.
こちら(https://kakuyomu.jp/works/16816452220371917465/episodes/16818093075798921128)の令子さん。令子さん視点で。
夢の中のニコは、お好きなように解釈して頂ければ(一応、作者の解釈もありますが、ここではなく、えっくすくんか近況ノートの方にでも書けましたら)。
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