第275話 夢のような話(オタクが夢見る生活について語る)

「先輩のおススメは何ッスか?」

「どれもおススメだけど……あ、このクラフトビールは美味かった」

「じゃ、それで」

 カウンターの反対側で、キャッキャと繰り広げられる会話を、頬杖つきながらボーッと見る。癒し。

「ちょっと」

「んぇ?」

「見過ぎ」

「いだっ」

 ベシッとメニュー表で頭を叩かれ、むうと眉をきつく寄せる。

 見上げれば、店員であるジョセフィーヌさんが僕を見下ろしていた。

 ここは、近所のカフェ・バー。お昼はカフェで、夜はバー。

 お洒落で綺麗なこんなお店なんて、引きこもりニートな僕にとっては本来、ハードル高いお店なのだけれど、週一で通っている。

 ここの常連であるばあちゃんからの指令だ。

 少しでも人に慣れるようにっていう気遣いらしいけど、正直大きなお世話だ。

 まあ、店長さんは美人で優しいし、店員さんのジョセフィーヌさんとカトリーヌさんの二人のオネエさんも、口は悪かったりするけど、綺麗で、まあ……多分優しい。ので、何とか慣れた。

「客にする態度じゃなくない?」

「客だと思って無いからね」

「ひどっ。じゃ、何だっていうのさ」

「ボランティアで看てるリハビリ患者」

「ぐうの音も出ない!」

 いや、出る!

「待って、でも僕、お金落としてるし! ボランティアじゃないだろ!」

「アンタのおばーさんのお金ね」

「ぐうの音も出ない!」

 僕は、そのままカウンターに撃沈した。

「ああ、女の子のキャッキャウフフを遠くから見守るだけのお仕事がしたい……」

「誰もアンタなんかに見守られたくないのよ」

「ヴっ、知ってる!」

 僕は、ウーロン茶(もちろんノンアル、普通の正真正銘ウーロン茶)を啜りながら、啜り泣きした。

「あーあ、やだよう。ついに下宿の客が決まったんだってぇ」

「あら、良かったじゃない。おめでとう。これで晴れてニート卒業ね」

「僕は!! ニート卒業なんか!! したくなかったんだって!!」

「そんなこと力いっぱい宣言しなくっていいでしょーが」

 そう。

 僕がここへリハビリに出されたのにも理由がある。

 ばあちゃんがやってる下宿を、僕が引き継ぐことになったのだ。

 というか、ばあちゃんが、長年の友人と共同で新しい下宿屋をやりたいと言い出して、今の下宿を誰が引き継ぐかという問題に勝手に引きずり出されたというか。

「高校卒業してから、ずっと家にいるんだって? それなら下宿屋にずっと居るのと変わらないよ」

 とか何とか言って、勝手にばあちゃんは僕を後継者にした。

「人が苦手? じゃあリハビリすりゃいいんだよ」

 そう言って、ここへ通うよう指示したのもばあちゃん。

「自宅警備員と下宿屋の主人じゃ、全然違うんだって……」

「そりゃそう」

「お客さんが、総入れかわりになったのは良かったけど……」

 人好きするばあちゃんと比べられたら、貧相なメンタルが潰れちゃう。

「ま、次のお客さんも、おばあちゃんが見付けて来てくれたんだから良かったじゃない」

「……そりゃあさあ、人の好い、優しい、可愛い美人三姉妹とかが越して来てくれたら嬉しいよ? 無条件で僕のこと好きになってくれて、『大家さん、大家さん』って懐いてくれたりしたら、そらもうがんばってお掃除するし、お悩み聞くし、何だってがんばっちゃうよ?」

「うわ、キモい」

「人の夢をキモい言うな」

「じゃあ反対に、アタシが『アタシのこと無条件に好きになってくれる、可愛い美形三兄弟が下宿してくれないかしら。何だってしちゃう♡』って言ったら?」

「すみません、ごめんなさい、僕が間違ってました」

 人間、他人が他人に『無条件に好意を寄せてほしい』ってガチで願ってるの見るのはキツいんだな。でも自分は願っちゃうんだな。人の業ヤバい。

「とりあえず、がんばれとしか言いようが無いわね」

「嫌だよぅ、嫌だよぅ。絶対陰で『あのガリヒョロ、うざっ』『背、高すぎて逆に引くんですけど』とか言われるに違いないんだぁぁあ」

「陰口が具体的ね……」

「過去の経験から来てるんで」

「アンタも大変ね……」

 ジョセフィーヌさんは、ため息を一つ吐くと冷蔵庫から何かを取り出した。

「これ。アタシの奢り。つっても、カフェの余り物だけどね」

「! ケーキだ!」

 しっとりとしたガトーショコラは、ホイップも何もかかっていないけれど、濃厚なチョコレートの香りがして美味しそうだった。

「人の優しさが沁みる……」

「ま、愚痴言いたくなったらここに来なさいよ」

 聞くくらいはしてあげるわ。

 そう言ったジョセフィーヌさんは、ライトの光の所為か、後光が差してるように見えて。

「仏さま……」

「そこは女神さまって言いなさいよ」

 辛い浮世を、一瞬だけ忘れられた気がした。

 本当に一瞬で、気がしただけだけど。

「あああああ、やっぱり明日になんかならなければいい……」

「まだ言ってる」


 END.


 冒頭のカップル?はこちらの(https://kakuyomu.jp/works/16816452220371917465/episodes/16817139557146593252)。付き合い始めたかは、ご想像にお任せします。

 可愛い三姉妹と同居するラブハプニングみたいなの、ちょっと書いてみたい気がします。

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