第276話 作家のネタ探し

「何か、いいネタ無い? 面白いお客さんが居たとか」

「そんな個人情報、売るわけないでしょ」

 ジョセフィーヌさんが、切って捨てるように言った。

 ですよね、と私はカウンターに突っ伏した。

 このお洒落なカフェ・バーは、最近よく来るようになった。

 昼は、カフェで、夜はバー。

 どちらも、落ち着いた照明とちょっと暗めの内装の所為か、静かな雰囲気のお店だ。

 綺麗で優しい店長の一三かずみさんに、ちょっと毒舌だけど面倒見のいいジョセフィーヌさんに、明るく楽しい、けど何処か影のあるカトリーヌさん。

 あとの二人はオネエさんだけど、特に狙って集めたわけでなく、自然とこうなったという奇跡のお店。

 みんなお話をよく聞いてくれるし、居心地が好い。

「なぁに? スランプ?」

 一三さんが、ナッツを出しながら聞いてくれた。

「何か、日常系ミステリーの依頼が来てですね……そのネタ探しをば」

「ああ……まあ、面白いお客さんはいることにはいるけど」

「本当に!?」

「でも、個人情報だからねぇ」

 一三さんも、困ったような笑顔で頬に手を当てた。

「まあ、そのお客さんたちが横で話しているのを聞くくらいなら、いいんじゃない?」

 もちろん、そのまま書くのは個人情報保護法に違反するけど、と言われ、そんなことはしませんよ、と慌てて言った。

「自分の経験だって、他人の経験だって、基本的に混ぜて足して割って、よくわからなくなるくらい練りますから」

 自分でもたまに「こりゃ別物だな」と思うときがあるくらいには。

「ま、いつ頃そのお客さんが来るとかもあんまり言えないんだけど」

「ですよね……」

「それでも、水曜日とか、木曜日の夜あたりには、割と面白いお客さんが数人いらっしゃることが多い気がするわね」

「マジですか!?」

「気がするってだけだけど」

 通ってれば、そのうち何か聞けるかもねー? とジョセフィーヌさんが笑った。

「くっ、商売上手」

「そりゃそう。来てもらわないといけないんだから」

 くすくすと一三さんとジョセフィーヌさんが笑う。

「これは……来るしかないかなあ」

 ネタ探しのためだ。

 義弟おとうとくんを連れて来るのもありだろうか。

 ここは、お菓子も美味しいから。

「居心地が好いから、全然かまわないんだけどね」

 私はそう言って、カクテルのお代わりを頼んだ。


 END.


 こちら(https://kakuyomu.jp/works/16816452220371917465/episodes/16816927863314541584)の作家さん。

 面白いお客さんはこちら(https://kakuyomu.jp/works/16816452220371917465/episodes/16817139557169364626)の人をちょっと考えてたりいなかったり。

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