第260話 自由の匂いがする空よ(社会人女性。お一人様のんびり)

 河原から、笑い声がする。

 そちらを見れば、楽しそうにはしゃいでいるサッカー少年たち。今は、休憩中だろうか。

(いいなあ)

 私は彼らを眺めながら、くすっと笑う。

 人が楽しそうな姿は、良いものだ。

 さあああ、と風が吹く。水の匂いのする風だ。

 夕空は、橙とピンクのパステルで描いたみたく、柔らかな色彩をしている。

(今日観て来た展示がシュールレアリスムだったから、ことのほか優しく感じるな)

 今度は、印象派の展示に行きたいなあと思った。

 何処かでやっていたような気がする。

 それこそ、モネの。

(帰ったら、また調べなくちゃ)

 うきうきと気分が上がり、鼻歌が自然と零れ出る。

 腕にずっしりかかるのは、図録と食材の重みだ。

(今日はトマトが安かったから、トマト三昧だ)

 カプレーゼにトマトたっぷりパスタ。あと、ガーリックトーストを作って、その上にトマトを乗っける。素敵。

 ちら、と見た夕陽は、見事なオレンジ色。とろっとろの半熟卵みたいに、綺麗な綺麗なオレンジ色。

(そうだ、半熟卵の目玉焼きを乗っけるのも悪くない)

 くふくふと思わず笑いが漏れた。

 美味しいものを並べて食べて、そして美味しい紅茶を入れて、図録を読む。

 何て素敵な夜が待っているのだろう。

 楽しい。

 私は私に、感謝する。

 河原の方から、また笑い声がする。

 男の子たちが、団子になって可笑しそうに笑い合っている。

(いいな、青春)

 誰かと笑い合っている姿を見て、羨ましくないかと言えば嘘になる。

 そりゃ、あんな風に誰かとはしゃぐのなんて何年もしてないし、誰かと並んで展示会やショッピングなんてのも、もう何年もご無沙汰だ。

 誰かと感想を言い合ったり、下らない事でお腹を抱えて笑い合ったりも、とても素敵だと思うけど。


『アンタは、本当に愚図なんだから』

 罵りばかりの家族と。

『えー、マジでウケる~。何しても笑えるわ~』

『その趣味ウケる。何ソレ~』

 嘲笑う対象ばかり探している同級生たち。


 あんな環境から、えいやと飛び出すことを決意した私を、私はとんでもなく偉いと褒めてあげたい。

 そして、似たような環境にならないよう、精一杯がんばっている自分も。

 たくさん褒めてあげたい。

「……家に帰ったら、御馳走の準備だ」

 私は、私の好きなことを私にしてあげる。

 今まで悲しかった分、うーんとたくさん。

 そう思って、そしてその通り実行できている自分を、私はとっても、気に入っている。

「よしっ」

 空が、どんどん藍色に染まっていく。

 落ち着いた夜の帳が、そっとふんわり落ちて来る。

 このまちのそれらは、何処までも優しく見えて。

「早く帰ろ」

 私は、今日も足取り軽く、マイホームへと帰るのだ。


 END.


 昨日の河原(https://kakuyomu.jp/works/16816452220371917465/episodes/16817139556388874924)。

 お一人様も楽しい。

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