第248話 永遠に等しい片想い(漫画同好会副部長。創作に対する片想い)
桜並木の道。
二人の女性が手に手を取り合っている。
一人は大人で、もう一人はまだ少女。
見つめ合う二人の間には、親密さを越えた何かがあるように見える。
舞い踊る花びら。白に塗りつぶされそうな中、見つめ合う二人の愛おしげでいて切なげな表情の美しさよ──……
そこには、美だとか愛だとかが、いっぱいいっぱいに詰まっている。
それは、そんな美しいにもほどがあるイラストだった。
「新美ちゃんすごいじゃん~~~~!!!」
ボクは、その美しさを掛け値なしに褒めた。
「ほんと凄い、めっちゃ綺麗!!」
「マジで。え、何これコピック?」
「コピックだけじゃないっしょ。あれじゃない? パステル」
「ほんと綺麗~~~~」
他の部員たちも、次々に彼を褒め称える。
「いやあ、先日、公園で見た光景をそのまま写し取っただけッスよ」
「え、マジでこんな夢のような光景あったの」
「微に入り細を穿った説明を」
「ガチ過ぎて引く」
キャッキャッと盛り上がる部員たちと同じように微笑みながら、そしてもちろん、彼らのイラストもそれぞれの良い点を褒め称えながら。
ボクは、自分のイラストが誰にも褒められないことに、心の中だけでこっそりため息を吐いた。
*
夜。自室にて。
「は~~~~~~~~~~~~~~」
いやマジで凹む。
誰にも触れられなかったじゃん、ボクのイラスト。マジ凹む。
ベッドに寝っ転がって、大きなサンショウウオのぬいぐるみ(名前はウオ子さん)を抱き締めた。
柔らかな身体に顔を押し付けていると、大きくて温かな生き物に慰めてもらっているような錯覚を覚えるので大変良きだ。
「あ~~~~~~~~~~~~~~……」
漫同で集う日は、楽しみでもあり、憂鬱でもある。
みんなとキャッキャ騒げるのは楽しいし、面白い。
それに、良いイラストや漫画をたくさん拝めるのも最高に嬉しい。
部員みんな、本当に絵が上手いんだもん。
ヘタウマって子もいるけど、そのセンスの光り方、尖り方がまた素晴らしくって。
やっぱり目が至福、つまり眼福なのだ。
これらは全部本当。本心。本音。
だけど。
本心の裏側。別の本音も顔を出す。
『ボクの絵も、漫画も、みんな褒めて褒めて褒めて褒めてよぉぉぉぉぉ~~~~~!!!』
ハイ、うざい。
ハイ、無理。
絶対出したら駄目なやつ~~~~~~。
もふもふとウオ子さんの胸(?)に顔を埋めながら、叫びたい衝動を押し殺す。
わかっている。
ちゃーんとボクだってわかっているのだ。
『褒められたきゃ、人が褒めたくなるようなもんを描け』
『褒め言葉はねだるな』
『褒められるために描くな』
オーケー、わかってる。
作り手の鉄則。大丈夫、大丈夫、わかってる。
Webライターをやっている叔母にも言われたことがある。
『アンタは、姉さんよりも私に似てる。きっとどうあがいてもコッチ側でしか生きられないタイプだろうから、アドバイスしとくよ』
いつも何処か気楽そうな雰囲気を絶やさない(ようにしているのではないかと中学くらいから疑っているけれど)叔母が、そのときばかりは真顔で言った。
『創作は、基本片想いだってことを絶対に忘れないこと』
『片想い?』
『そう。二人の相手に片想いし続ける。一人は、絵とか文章とか……何でも良いけど、とにかく自分が関わる創作そのものね』
叔母は、ピースサインから、中指を曲げて、一、を表す。
『どれだけ長時間描いても、たくさん本を読んで勉強しても、その分に見合った作品が必ず出来るわけじゃないってこと。……創作の女神は、こっちがいくら愛を注いだって、振り向かないときゃ、振り向かないんだよ』
こんな残酷なことをよく小学校低学年の姪に話したなと思うが、そしてそんなこと理解出来やしないだろって言われそうだが、何故かボクには伝わった。
もちろん、ほぼほぼ感覚のみだけども。
『それでも、女神と両想いになれた瞬間には、とんでもなく気持ちよくいい作品が出来る。もうその時のためだけにやってるって言ってもいい』
『うん』
『けど。もう一人の片想いの相手。この先、そんな風に女神と両想いになって良い作品が出来たとして、他の人たちがそれを褒めるかどうか、認めるかどうか。……これまた、わからないんだよ』
こっちも、振り向かないときゃ、振り向かないからね。
『……どんなにいい絵をかいても、だれにもほめられないの?』
『そんなときもあるってこと。そうじゃないときもある。だから、やれることはただ一つ』
叔母は、きっぱりと……それでいて自分に言い聞かせるようにして言った。
『ただただ作り続けるしかないんだよ。女神と両想いになれるものを。ただ作り続けて、その作品を自分だけでもいいねって言い続けるんだ。それしかない』
長め回想終わり。
そう、あれからずっと、絵を描くたび、漫画を描くたびに言い聞かせる。
「すべての作品が傑作になるとは限らない。自分の傑作が褒められるとは限らない……」
世の常、世の常。
それが世界の理なんだ……と。
でも。
「それでも褒められたいよぉぉぉぉぉ~~~~~~~~~!!!」
ボクはウオ子さんの胸に顔を押し付けて、静かに叫んだ。
わかっちゃいるけど、褒められたい。
だってがんばったんだもん。
色鉛筆も絵の具も苦手だけど、がんばったんだよ。
絵の具水バッシャーってしながらも、がんばったんだよ。いやこれマジで見る人には関係ないけどさ。
そんでもって思いのほか上手くいって、女神さまと両想いまで行かずとも、「おっ、なんかいい感じじゃない俺たち?」くらいまでは行った作品なんだよぉぉぉぉ!!!
「はー……もう描くの、やめよっかな」
でもやめたところで、これ以外で得意なこと皆無なんだよな。これ以外で褒められたことなんて一度もないんじゃない、レベル。
ああ、息をしてるだけで褒められたいわ。
ていうか、褒められるために描くなって話だからその点でもダメダメで引く。
自分で自分に引く。
自分で自分にちゃんと引いてるので、何か許して欲しいとか思っているあたりもとてもアレ……。
「……はー」
──この落ち切った気分を、敢えて明るい色合いのイラストで表したらどうなるかな。
目の端にチカチカするのは、残酷なまでに鮮やかな赤。そのくせ、変に優しい桜色。桜色は優しいのに、ひどく冷たく見える。ギラギラと明るい若草色、刺々しいレモンイエロー。
こっちを向いて笑っている女の子のスカートは、毒々しいまでの純白のフレアスカートで……。
「……」
ボクの脳裏に、次々の浮かぶ色と構図。ああ、科白までも浮かんでくる!
白いスカートの女の子が、ボクを見て笑っている。
あれは優しい笑顔か、それとも嘲りの──……。
ああ、気になる。極彩色の、明るいのに冷たい世界。
こうなると、どうしても描かないではいられなくて。
「……っし」
ウオ子さんをもう一度むぎゅーっと強く抱きしめると、勢いよく起き上がる。
「うおっ、めまいがっ……」
いきなり出鼻を挫かれた感があるけど、気にしちゃ駄目だ。
描こう。
それしかない。
優しい誰かが、ボクを愛してくれる
自分が自分のために、描くしかない。
ボクには、結局それしかないなら、仕方ない。
「やるぞー!」
でも愚痴はどっかに吐きたいので、明日井上に聞いてもらおうと算段しつつ。
ボクはまた、机に向かった。
END.
冒頭のイラストは、こちら(https://kakuyomu.jp/works/16816452220371917465/episodes/16817139555751388350)の二人。
上の話でも、そのラストにちらっと言及している過去のときのことでも、どちらでもお好きな方をイメージして下さい。
ちなみに主人公はこちら(https://kakuyomu.jp/works/16816452220371917465/episodes/16816927862606223850)の絵葉みくちゃんです。
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