第206話 恥ずかしフラッシュバック(漫画同好会。付き合ってない男女)
漫画同好会部室。
今日も今日とて会合が終わり、それぞれ好きな面子で話したり、帰ったり、原稿したりして。
最後に一年坊主たちが部室を出ると、施錠係である部長と副部長、つまり俺と絵葉だけが部屋に残った。
絵葉は、部員がいるときは彼らとバカ話で盛り上がりつつ、落書きなどをしていたが。
「はあぁぁあぁ……」
彼らが帰った途端、ぐったりと長机に突っ伏してしまった。
「辛気臭いオーラまき散らすな、鬱陶しい」
今まで人がいたからと張り詰めていた力が抜けた分、揺り戻しのようにぐったりしているだけだろう。
それか、何かの恥ずかしフラッシュバックか。
誰かがいるときはそれがあろうが、何とかお道化を演じてみせる絵葉なのだが。
小さいころからの付き合いである俺と居ると、そのお道化を演じる気力まで手放してしまうらしい。
「あったかい言葉以外受け付けませぇん……」
「そうか」
「って、立ち去ろうとすな! せめて『何があった』くらい聞いてけよ!」
「……面倒くせぇな」
舌打ちついでにふり返った。
「で、何があったんだよ。今北産業でよろ」
「古いネットスラングを敢えて使う俺オモロとか思ってんなら、そろそろ止めた方がいいよ。あと地味に使い方違う気がする」
「……話を聞いてやろうって人間に対して辛辣すぎないか?」
くっ、痛いところをついてきやがる……。
まあこれ、内輪ネタに等しいからな(俺と友だち連中の中で、今密やかなブームになっている。あくまで自分たちの中だけということを、忘れてはならない)。
気を付けよう。
「そんなことは置いといて」
「置くなや」
脇に置く仕種をしてから、絵葉が話し始めた。
「昨日、京都に取材に行ったんだけどさぁ」
出不精の絵葉にしては珍しい。
電車で一時間半ほどで行ける距離とは言え、人混み嫌いの絵葉がよくやった。
そうか、次の漫画は京都が舞台か。
陰陽師か、新選組か、はたまた芸舞妓か……。
「まさかの商店街のど真ん中でずっこけて、鞄の中身ぶちまけたんだよね」
「うわ、悲惨」
「しかもキャラグッズとかがそこら中に散らばってさぁ……」
「思った以上の地獄」
聞けば、鞄の中でポーチの口が開いてしまったらしく、撮影用のミニぬいぐるみやら、アクスタやら、ノートやらが飛び出したらしい。
地獄。
「周りはくすくす笑ってるわ、しまいにゃ『キモッ』なんて声も聞こえて来て」
想像する。
こけた絵葉。辺りに散らばるオタグッズ。
命より大事な推したちだ。
それが地面に落ちただけでもダメージがでかいのに、追い討ちをかけるように浴びせられる冷笑と嘲り。
……きッッッッつ。
「そんな中」
絵葉に、救いの手が差し伸べられたらしい。
『あの……』
推定十歳から十一歳くらいの少女が、
『大丈夫ですか?』
絵葉の前にしゃがみこんだ。
「優しくて、落ちたものを拾ったあと、ちゃんとほこりも取ってから渡してくれて、しかもその手付きがまた丁寧で優しくって!」
「素晴らしいロ……少女だな」
ここはきちんとした日本語を使うべき。
「なのに、僕と来たら! その場にいるのが恥ずかしくって! 渡されたものをただただ素早く鞄の中に放り込むだけ! しかもお礼も早口でごにょごにょしか言えなくて……!」
あああああ、と絵葉がうなだれる。
「人間、失格……」
「本当にな」
自分よりちっちゃな子の精いっぱいの親切よりも、自分の体裁を取ったわけだ。
そら、凹むわな。
「本当、周りに惑わされず、自分を保ちながら、優しくしてくれた他人には優しくし返したい……息をするようにそれが出来る人間に、私はなりたい……」
「宮沢賢治か」
けど、殊勝な目標だ。
「そのためにも、人類みんな優しくなって欲しい……僕に温かで優しい言葉だけをかけて欲しい……間違っても冷笑とかキモオタ扱いとかしないで欲しい」
「おい、秒で殊勝な目標から外れてんぞ」
ただの甘えやないかい。
「それが出来ないクソ人間は、マジで滅んでくれ……今すぐ」
「最高のブーメランだな」
そんなことを望む人間もまた、漏れなくクソだ。
「でも、人間だれしもみんな、そんなもんでしょ」
「それは……否定しないが」
そりゃそうだ。
俺だって、優しい言葉だけをかけられたいし、モチベ上がることだけ言われたいし、冷笑とか嘲りにぶち当たったら心の中でFワードを連呼する。
でも、そんなことは『無し』というか……あるけど認めちゃダメだろうと目を背けてきた。
それをこうまであっけらかんと言われては。
……まったく、こいつはどうしようもない。
けど。
「……」
まだうだうだと「世界よ、優しくなれ」と呟いている奴を見ながら。
これだけ正直に言えるのは、毎度のことながら凄いと思った。
「お前の、そのどうしようもない部分までさらけ出すところ。もしかしたらそれが、誰かを救うことがあるのかも知れないな」
「井上……!」
「知らんけど」
「井上ェ……」
俺は、こちらを睨む絵葉に「俺たちもとっとと帰るぞ」とだけ言って、鍵を取り出した。
END.
こちら(https://kakuyomu.jp/works/16816452220371917465/episodes/16816700426205288559)の二人。
助けてくれた少女はこちら(https://kakuyomu.jp/works/16816452220371917465/episodes/16816927862541547599)の子。
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