第205話 春うらら、願いはなぁに(疑似父娘。ほのぼの)
四月。
まだ肌寒いけれど、空気がふわりと柔らかくなっていく季節。
その日は薄曇りで、肌寒さはちょっと増すけれど、陽射しに弱い私にとってはちょうど良い日。
だから、父とプチ遠出をした。
*
「ありがとうございましたー!」
駅から鈴虫寺へ行く道中、別の駅へ向かうお姉さんたちに声をかけられた。
道が合っているかを尋ねたかったらしい。
父がていねいに道順を説明すると、お姉さんたちは何度もうなずいてから、笑顔で「わかりました!」と言った。
笑顔で手をふって駅の方へと歩いていくお姉さんたちに手をふり返しつつ。
高校生くらいだろうか、と考えた。
手をつないで、楽しそうにお話しながら歩いていくお姉さんたち。
その笑顔は、きらきらの若葉と同じくらい眩しい。
「──お姉ちゃんたち、迷わず行けたらいいね」
いいなあ、心がほっこりする。
「せやなあ」
父も同じように思ったのか、笑顔で言った。
「にしても、手ぇつないで、えらい仲良しさんやなぁ。ええね」
父の言葉に、私は自分たちの手を見た。
私と父も、手をつないでいる。
……つまり、私と父も『えらい仲良しさん』ということで。
「うん!」
私は思わず大きくにっこりしてしまった。
「ほな、僕らも行こか」
父が言って、私たちも歩き始めた。
「鈴虫寺……お父ちゃんは行ったことあるの?」
「お母ちゃんと、昔な」
父が言った。
母は、私を引き取る直前に事故で亡くなってしまった。
私は一度しか会ったことが無いけれど、母のことは大好きだ。
ほがらかで、楽しそうで、ステキな人だった。
そう、まるで、春みたいに。
「知っとるか? あっこのお地蔵さんは、願いをひとつ、叶えてくれはるんやで」
「知ってる」
私はうなずいた。
「わらじをはいたお地蔵さんだから、願いを叶えるために歩き回ることが出来るんだよって、三宅さんが」
「流石三宅さんやなぁ」
三宅さんは、私たちの住むシェアハウスによく遊びに来る近所のカメラマンさんだ。
古都が大好きで大好きで、だから、京都や奈良のことにとっても詳しい。
色んなことを教えてくれる。
四十代らしいけれど、見た目はもっと若く見える。三十代の父と同じくらいに。
色々なことを知っていて、見た目が若いので、実は妖精さんなんじゃ、と私はときどき思ってしまう。
「そういやコトリは何かお願いごとは……」
「あのね」
「や、すまん! ストップ!」
父は、答えかけた私をあわててさえぎった。
「お父ちゃん?」
「あかんわ、願いは人に言うたらアカンのやった。前もお母ちゃんに止められたこと忘れとったわ」
あっぶなー。
と父は、ため息まじりに言った。
「そうなんだ……」
「らしいで。なんや、人に言うと叶わんくなってまうとか」
母がそう言っていたと、父が言った。
「やからあの日、お母ちゃんが何をお地蔵さんに願ったかは僕も知らんのよなあ」
父が、遠くを見て言った。
「何を願ったんやろな」
さああ、と風が吹く。
柔らかで、少し冷たい風。
その風に、何故か父が連れていかれそうな気がして。
「……お父ちゃん!」
私は、引き止めるように、ギュッと繋いだ手に力を込めた。
「きっと、きっとね、お母ちゃんのお願いは、叶ったと思う……!」
それから、父の寂しさを埋めるように言った。
「叶って、きっと、お母ちゃん、嬉しかったと思う……!」
本当にそうなったかはわからないのに。
何故だろう。
そのとき、私は強くそう思って、そしてそれを伝えなくちゃいけないと感じた。
「せやなあ」
父は、最初ぽかんと私を見ていたけれど。
真剣にじっと見上げていたら、父の顔がふぅわりほころんだ。
「きっと、いや、絶対そやわ」
まるで花のつぼみが、そっと開くみたいに。
柔らかな、笑顔になった。
ギュッと手を握り返される。
「うん!」
私は嬉しくて、力強くうなずいた。
「僕らの願いも、叶うとええね」
「……きっと叶うと思う」
「せやね」
私たちは手をつないだまま、ゆっくりとお寺さんへの道を歩いていった。
END.
こちら(https://kakuyomu.jp/works/1177354054892218649 や https://kakuyomu.jp/works/16816452220371917465/episodes/16816927861565428598)の父娘です。
次の年の春。ちなみにお姉さんたちはこの二人(https://kakuyomu.jp/works/16816452220371917465/episodes/16816927862456039980)。このお姉さんたちが大人になった頃の話(https://kakuyomu.jp/works/16816452220371917465/episodes/16816927862486019603)。
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