第246話 このまま、このまま。このまま?(片想い百合と友人と。歳の差従姉妹)
バーの閉店間際。
友人が呑みに来たから、そのまま店を閉めた。
明かりも、必要最低限以外全部落として、カウンターで乾杯。
彼女のための一杯と、私のための一杯。ナッツが少々。
今日は、他の従業員は先に帰っている。
私と彼女の、二人きり。
だから、何となく気安くて、つい零した。
近況報告のついでに。
大人びてきた年下の従妹。私を大好きで居てくれる彼女のために、私は芽生えかけた恋心のようなものを、そっと無かったことにしている、と。
映子は、くい、とグラスを傾けると言った。
「それは、その子のためじゃなくって、自分のためじゃない?」
「──……」
淡々と。
「いざ自分も好きになったぞってところで心変わりされたら、自分が傷付くから」
私をじっと見つめる目には、責める色は無い。けれど、こちらにとって耳障りの良い言葉を言うような気遣いの色も見えなかった。
「何というか」
私は手の中でグラスをもてあそびながら、
「ハッキリ言ってくれるねぇ」
「そりゃ言うわよ。言うしかないでしょ」
肩を落とした。
「そこハッキリさせないでいたら、その子にもアンタにも、いいこと無さそうだもん」
「それは……そうかも知れないけど」
私は、くっとグラスを煽ってから、ふはぁっと盛大に息を吐く。
「あー……そうよ。そう。私、あの子が私を好きなままで居て欲しいのよ」
「おっ、認めた」
「けど、本当に」
カウンターに置いたグラスの縁を、そっとなぞった。
オレンジ色の灯りが氷とグラスに反射して、優しく煌めいている。
「あの子の倖せ自体も、祈ってるのよ」
大事な大事な、可愛い年下の従妹。
いつでも笑顔で居て欲しいと思う。
元気に、したいことをしていて欲しいと願う。
「わかってるわよ」
「大好きだから、倖せになって欲しいの。でも」
「自分のことも好きでいて欲しい?」
こくんと一つ、うなずいた。
「馬鹿なことを言ってるって、わかっちゃいるわよ」
「まあ、人の心は不条理だからね」
映子が肩を竦めた。
「この気持ちを両立できる簡単な方法があればいいのに」
「それなら付き合っちゃえば? と外野は思っちゃうんだけど」
「馬鹿ねぇ。付き合ったら、逆に両立できないわよ」
愛して欲しい、このまま愛し続けて欲しいって思っちゃうもの。
私の呟きに、「そう」とだけ、映子は言った。
「だから、私は……」
つん、とつついた氷は、まだ冷たかった。
「狡いけど、ずっとこのままで居たいって、思ってしまったのよね」
「我儘ねぇ」
「わかってる」
「けど、わかるわ」
「わかる?」
「ええ」
映子が、遠い目になる。
「私だって、いつでも『このまま、このまんまが良い』って思ってるもの。居心地の好い人間関係に関しては」
進むでも、離れるでもなく。
今の、今このままでの存続。
歌うように映子は言った。
「どうして、人間ってそれが出来ないのかしらね」
不思議ね、と映子が小首を傾げた。
「本当ね」
「まあ、大人のこんな我儘に
「そうねぇ」
「『このままがいい』って正直に告げる覚悟か。関係をどういう形であれ変える覚悟か。それは、アンタが決めることだけど」
「わかってる」
そしてそのどちらかを選んだ先で、あの子が出した答えをすべて受け入れる覚悟もしなくちゃいけない。
私は、ため息を吐いた。
からん、とグラスの中で氷が鳴いた。
「いくつになっても、人生って楽にならないわね」
「楽になるって期待しない方が、気が楽になっていいわよ」
映子の言葉に、私は「そうねぇ」と苦笑するしか無かった。
オレンジ色の柔らかな灯りの下。
私たちは、いつまでもぼそぼそと話し込んでいた。
END.
こちら(https://kakuyomu.jp/works/16816452220371917465/episodes/16817139555675359079)の続きの
映子さんとは、ジョセフィーヌさんを介して知り合った昔馴染みです。
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