第245話 目覚めさせない花もある(片想い百合。十歳差従姉妹)

 従妹が、久々に泊まりに来た。休前日。二人で、勧められたホラーゲームに興じる。こういう時間を過ごしてると何も昔とは変わらないと思うけれど。

「あー! またかぁ」

「案外難しいわね、これ」

「よし! もう一回!」

「ちょっと休憩しない? ずっと緊張しっぱなしで疲れたわ」

「あ、そだね」

「お茶入れて来る」

「お願いしまーす」

 席を立って、キッチンへ向かう。

 ケトルに水を入れて、コンロへ。

 カチチチッ ボッ

 お湯を待つ間に、お茶の用意を。

 もう夜も更けて来たし、ノンカフェインのハーブティーにしよう。

 カモミールティーにはちみつを入れたやつは、あの子もお気に入りだし。

 これはラベンダーもブレンドされたものだから、夜飲むにはちょうどいい。

 ポットを出して、ティーバックも箱から出して。

 ちら、とリビングの方を見た。

「んー……攻略メモの通りにやってるんだけどなー」

 ジョセフィーヌから貰ったメモを見ながら、うんうん唸っている一二三いろは

 ……また、背が高くなった気がする。

 横顔は、すっかり大人びている。

 化粧をしたら、もういっぱしの大人みたいな顔になるのだろうか。

『大きくなったら、一三かずみちゃんとけっこんする!』

 高らかにそう宣言していたころの面影は、ほとんど無い。

 あんなにむちっとして、可愛い点心のおまんじゅうみたいだったのに。

 パツパツに生命力が漲っていて、元気がありあまっているのが、はたで見ていてもわかるくらいだった。

 それが、今じゃシュッとしちゃってまあ。

 いや、漲る生命力とありあまる元気は、健在だけど。

『一三ちゃんと、結婚するんだから!』

 そして、そう言ってくれるところも、まったく変わらないでいる。

(……子どもの、はしかみたいな恋だと思ってたけど)

 本当の、本当に。

 真剣にメモを読み直す横顔を、改めてこっそりと見る。

 スッと通った鼻筋。大きなくりっとした瞳を縁取る長い睫毛。艶やかな緑なす黒髪。溌剌とした笑顔を浮かべる唇。

 一瞬、知らない人のように見えた。

(大人のあの子に好きだと言われて)

 なびかない自信なんて。


 シュンシュンシュンッ


 お湯の沸く音に、ハッと意識を取り戻す。

 慌てて火を止めた。

 茶葉を入れたポットに、注意深くお湯を注いでいく。


 こぽぽぽぽぽ……


 ふわりと薫る、ラベンダーの爽やかな香りとカモミールの少し甘い香り。

 頭がスーッと晴れていく。

 いけない。

 何かに、とらわれかけていた。

 私は、気付かれないようそっと息を吐く。

(大事なあの子が、これからもし、別の誰かに恋をしたとき)

 私は、笑って背中を押せる存在でありたい。

 可愛いあの子のために。

 だから。

「そういえば、ジョセフィーヌが焼いたクッキーあるんだけど」

「! ジョセちゃんの? いるいる!」

 パッと華やぐ笑顔に安心しながら、

「じゃあお茶持っていって。クッキー用意するから」

「あいあいまむー」

 私は、今日も自分に言い聞かせる。

 この子はまだまだ、子どもだと。

 愛しいこの時間がまだ続くようにただ、祈った。


 END.


 こちら(https://kakuyomu.jp/works/16816452220371917465/episodes/16817139555638106659)の続き、一三ちゃん視点。

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