第235話 電車に揺られながら将来を(百合。幼馴染)

「お兄ちゃんたちは、いいなあ」

 お兄ちゃんたちの住むシェアハウスへ向かう道のり。

 電車からの景色を見ながら、つい羨む気持ちが唇から零れ出た。

 ハッとして隣を見る。

「大学生活が?」

 きょとんとした顔で、はーちゃんがこちらを見ていた。

 はーちゃん。陽火はるひちゃん。

 私の幼なじみで……恋人。

 大好きな人。

 今日は二人で、自分たちのお兄ちゃんたちが一緒に住むシェアハウスへ遊びに行く。

 お兄ちゃんたちの大学は少し遠くて、何度か電車を乗り換えなくてはいけない。

 時間はかかるけど、その分はーちゃんと一緒に居られるから全然嫌じゃない。

 むしろ、嬉しい。

 窓の外で揺れる田んぼの緑を見ながら、わくわくしていた。

 並んで座っているから、肩や脚が触れている。

 その温もりにドキドキと安心、両方を感じて……こんな風に兄たち(兄たちは付き合っている)も、毎日一緒に居て、そして暮らしているのかと思うと、ぐぐっと羨ましい気持ちが大きくなったのだ。

 お隣同士だから、はーちゃんとはほぼ毎日会っているけど、それでも帰る家は別。

 どんなに丸一日一緒にいても、夜寝るときは別々だ。

 そこまで考えていたら、もともとあった「羨ましい!」が、ぶわっと広がって口から飛び出したのだ。

「えっと……一緒の家なのが」

 誤魔化すのも可笑しい気がして正直に言ったものの、やっぱりちょっと恥ずかしい。

 今だって充分、一緒に居るのに。お隣さんなのに。

 笑われるかな、と思っていたら、予想に反して、はーちゃんは「ふむ」と真面目な顔でうなずいた。

「一緒に暮らしたら、莉音りおんのごはんを毎日食べられるのか……」

 そりゃいいな、なんて軽く言ってくれるものだから、私の心臓は、ぴょんこぴょんこと子うさぎみたいに跳ねまわる。

「その代わりに、アタシが掃除するかな。掃除なら、得意だし」

 そうだよね、清掃員のバイトしてるもんね……と相槌を打ちつつ、これは本気なのかな? とドキドキする。

 ただのお遊び妄想の可能性だってある。

 というより、そっちの方がありだと思う。

 よくある「こうなったら、どうかな」という。

 私もそういう妄想は大好きだけど、この件に関しては結構本気で「そうなって欲しい」って思ってしまっているから。

 舞い上がりすぎちゃって、お遊びでしたってなったらショックを受けちゃいそうで。

 そして、そんな私を見てはーちゃんが困っちゃったら……それはすっごく嫌だ。

 なので、私は自分に「お遊び、お遊び」と一生けんめい言い聞かせる。

「洗濯はどうしようか」

「気付いた方が洗濯機回したり、干したりするのはどうかなあ?」

「それいいかもな」

「それで、どっちかに偏ってるなって思ったら、お菓子要求するの」

「なるほど。ご褒美制」

 ごとんごとんと電車が揺れる。

 誰かが開けた窓から、爽やかな風が入って来る。土と緑の匂い。

 民家の屋根が、青く、または赤く、光っている。向こうの山が、青々と輝いている。

 こんな時間が、ずっと続けばいいのになと思う。

「となると、いつが一番いいかな」

「え?」

「アタシ、進学は近場の予定なんだよな。莉音は?」

「わ、私も、たぶん、今のところ」

「だよな。だったら就職なんだけど、そうすると一年は離れなきゃだしなあ」

 どうしたもんか、と真剣に悩むはーちゃんに、私の心臓はまたひと際大きくドキンと鳴った。

 もしかして。

 これは。

 お遊びじゃなく。

「……私の就職を機に、一緒に暮らし始めるのとか、どうかな。やっぱり家から通うのがしんどいとか、理由付けて。一人暮らししてみたいけど不安がってる私に頼まれたとか」

 私が言えば、パッとはーちゃんの顔が明るくなった。

「いいな。とりあえず、それで行くか!」

 はーちゃんは、あまり将来のこととか、面倒くさいこととかを、深く思い煩うことがない。

 そんなはーちゃんが、雑談の中とは言え、将来のことを考えてくれた。

 たぶん、ちょっと本気で。

 私は嬉しくて、頬が緩むのを感じる。

 緩むどころじゃなく、溶けちゃってるかも。

「えへへ。楽しみだなぁ……」

 ガタタン、トトン

 電車が、穏やかに揺れる。

 これは、お兄ちゃんに突っ込まれるかも。

 何ニヤけてるんだって。

 甘いなって、叱られるかも。

 それでも、いいんだ。

「はーちゃん」

「ん?」

「だいすき」

 ぎゅっと手を握って、囁くように言えば、

「……ん」

 はーちゃんが、照れくさそうにはにかんで手を握り返してくれた。

 将来のことは、本当はまだ何も決まってないし、わからないけど。

 こんな倖せな空気を、出来る限り抱き締めていたいと、そう思った。


 END.


 お兄ちゃんズ(https://kakuyomu.jp/works/16816452220371917465/episodes/16817139555134155760)の妹ちゃんたち。

 妹ちゃんたちの馴れ初めはこちら(https://kakuyomu.jp/works/1177354054921243863/episodes/1177354054921244443)。

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