第229話 君みたいに素直じゃない(ロマンシス? 陸上部女子)

澄佳すみかパイセン、やっぱり早いねぇ」

 ジョギングを終えた百合が、タオルで顔を拭きながら、トラックの方を見て言った。

 トラックでは、リレーの練習が行われている。

 私は、のんびりとトラックを見やる百合を見ながら聞いた。

「百合は、何でこっちなん」

「こっちって?」

「Bグループ」

 我が校の運動部には、たいていどこの部にもAグループ、Bグループの二つのグループがある。

 Aは、普通の学校と同じ、大会を目指し、日夜奮闘するグループ。

 Bは、単にそのスポーツが好きで、上手ではないかも知れないけれど、ただただ走りたい、ボールを追いかけたい、延々ラリーを続けていたい……みたいな生徒が所属しているグループ。

 スポーツで結果を出すことも大切だけど、単にそのスポーツが好きって気持ちを尊重するのも大事だよね! というずっと前の理事長の考えを元に生まれたものらしい。

 だから大会前でも、Bグループの人間は、ただただその競技を楽しむだけだ。

 私たちだったら、単に走るだけ(もちろん、大会当日のお手伝いや応援は全力でする)。

 Bグループの子はたいてい(私も含め)、普通校だったらまず間違いなく補欠にすら選ばれないだろうレベルだけど、中には。

「百合は、小学校までは大会とか出てるバリバリ系だったじゃん?」

「そうねぇ」

「だから、どうしてかなって、たまに思う」

 こんな風にAグループも真っ青な実力派が居たりもする。

「そんな風に、澄佳パイセン見てるときとか」

「あー……そうねぇ」

 風が吹いた。

 気持ちの好い風だ。走って火照った身体には、恵みみたいだ。

 熱をそっと優しく持っていってくれる。

「あんな風な良い顔で走ってないだろうなあって、自分でわかったから」

 百合は、眩しいものを見るように目を細める。

「走るのは大好きなんだけどね」

 プレッシャーは嫌い、と言って、彼女は舌を出した。

「だから、ここが一番好き」

 そして私を見て、にっこり笑う。

「みんなと走ってるって感じられる、ここが好き」

「!」

 みんな、と言っているくせに、その目は私一人を見ているように思えて。

「……ま、百合が良いならそれで良いんだけどね」

 私は、タオルで顔を拭くふりをして彼女から視線を逸らした。

 頬には、風が持っていってくれた熱とは違う火照り。

「さ、そろそろ片付けに行こうか。明日は大会だし、選手のみんなには早く休んで欲しいから」

「そ、だね」

 また風が吹く。

 楽しげに走る彼女みたいに、軽やかな。

 そんな彼女の背中や横顔を、一番たくさん見ていることが嬉しいだなんて、私には言えそうになかった。


 END.

 

 引き続きこちら(https://kakuyomu.jp/works/16816452220371917465/episodes/16817139554853933147)の陸上部のお話~。

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