第228話 至高の眼差し(ロマンシス。陸上部女子)

「そりゃあ、言うのが遅くなったのは謝りますけど、でもそう矢つぎ早に話されちゃあ、こっちもどう質問を差しこんでいいかわかりませんよ」

 彼女は、すん、という文字が背後に見えるくらい冷めた顔で言い放った。

『その質問はもっと早めに出してくれないと』

 と苦言を呈した顧問に対してだ。

 顧問の意見は最もだと思いつつ、モヤッとした気持ちを抱えた我ら一年坊主の気持ちを、ものの見事に表したのが、彼女だった。

 しかもそこには、嫌味や罰してやりたいなどの余分な感情は一切無かった。

 ただただ、自分の感じた困惑や、こっちが一方的に悪いような言い方に対する憤りだけがあった。

 責めるのではなく、単に「困ってます」「憤ってます」という事実を言っているだけ。

 そのときの横顔のクールさ……ちがう、真っ直ぐさに、私はとても惹かれた。


「なに見てんの?」

「ああ、これ?」

 澄佳すみかが、私の手元をのぞき込んで来たので、彼女にも見えるよう、机に広げて見せた。

「写真部のやつ」

「ああ、写真集? 部活特集の?」

「そう。澄佳も載ってるよ」

 ほら、と当該ページを見せると、「おお」と大きな瞳をさらに大きくくるんと見開いた。

「けっこういい写真じゃん」

「ね」

 リレーの練習中。

 順番待ちの間、走者を見つめている彼女の横顔だ。

 真剣だが、熱くなりすぎていない、ちょっと冷めた感じの表情。

 けれど、真っ直ぐに走者を見る眼差しにだらけたところは無い。

 粛々と、己の番を待っている、ただそれだけの。

 そこが、たまらなく良い。

「写真には載ってないみたいだけど、このときのアンタの走り、良かったよ」

 しかも、その眼差しの先にいるのが自分だというのだから。

 最高だ。

「この写真だけでよく思い出せるね?」

「そりゃ、写真部が来てるときって何となく記憶に残るから。あと、リストバンドの模様とかで」

「なるほど?」

 しかし、私の走りが、良かった……と。

「……ふぅん。この日の私、良かったのか」

 彼女は、この真っ直ぐな視線で私を見ながら「良いな」と思っていたのか。

 それはそれは。

「まあ、だいたいアンタの走りは気持ちいい走りだけどね」

 私は、思わずにっこり笑ってしまった。

 こんなに綺麗な瞳に、自分が気持ち良く映っているなんて。

 最高どころじゃない。

 最高のその上、至高かも知れない。

 や、本当に至高が最高の上かは知らんけど。

「ありがと」

 私は言った。

「アンタも、いつも最高だよ」

「そりゃどーも」

 


 END.


 こちらの(https://kakuyomu.jp/works/16816452220371917465/episodes/16817139554759807600)写真部の写真です。

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