第214話 青と黄色に魅せられて(とあるインタビュアーとデザイナーの話)


 夢が叶うのは、いきなりだ。

 憧れの服飾デザイナーにインタビューする仕事が回って来た。

 先輩の付き添いかと思われたそれは、僕一人の仕事だった。

 何故そうなったのか。

 よくわからないけれど、気付けば僕は尊敬してやまない彼の前に立っていた。


 天才、と謳われたそのデザイナーの部屋には、色が溢れていた。

 様々な布見本、彩色されたスケッチ。リボンに、あれは飾り紐だろうか。

 トルソーには、作りかけのワンピース(そう言われないとわからないくらい完成度の高いもの)が着せられていた。

 彼は「まだ全然途中。ちょっと詰まってるんだよね」と笑っていたけれど、全然そのようには見えなかった。トルソーは、まるで胸を張っているかのごとく堂々と途中の衣装を着こなしていた。

 彼は、言葉少なながらも、一言一言考えて、とても誠実にいろいろ教えてくれる。

 時おり冗談なども口にしつつ。

 小柄なのだが、まったくそう見えない。オーラというのか、雰囲気というのか、何か大きなものが彼から発せられている。そんな感じが常にしていた。

 圧、まではいかない、でもその一歩手前のような空気。張り詰めている、というのが一番近いだろうか。

 インタビューでも、僕はその空気に押されるようにへどもど質問していたように思う。

 それでも、彼は僕をバカにしたりせず、丁寧に、ときに熟考しながら答えてくれた。

「どうして、ブルーや、イエローの服が多いのですか?」

 その質問をしたときだった。

 彼の張りつめた空気が、瞬間、ふっと柔らいだ。

 ちら、と彼がトルソーの方へ視線をやる。

 トルソーの着ている服もまた、ブルーとイエローが基調のワンピースだった。

「昔さ、俺がシェアハウスに住んでた頃に、よく遊びに来てたチビが居たのね」

「女の子? 男の子?」

「……女の子」

 彼が、初めてふっと目元を綻ばせる。……笑った。

「そいつがさ、本当はブルーとかイエローとかが似合うのに、めっちゃくちゃ赤にこだわってて、赤ばっかり着てたんだよ。似合わねぇなぁって思って、正直に言ったりして」

「それは……その子も傷付いて、その、怒ったのでは?」

「怒ったねー。蹴られたもん、俺」

 苦笑、だろうか。彼の眉が八の字になり、口元まで柔く綻ぶ。

「好きな色に対して似合わないって言われたら、そりゃそうなりますよ」

「それがさ、そいつ、別に赤が好きだったわけでもなかったんだよね」

「?」

「ただ……そうだな。イメージ、かな。イイ女は赤を着てる、みたいな。ピンクは可愛い女の子が着るもの、みたいなさ。昔の日本的な考えに無理くり合わせた感じ」

「なるほど」

「だから俺はさ、そいつに見せたかったわけ。可愛くってイイ女が着るブルーの服も、イエローの服もあるんだって」

「……そうなんですね」

「もちろん、当時からブルーのイイ服もイエローのイケてる服もあったけど。他でもない、俺の手で魅せたいなって思ったから、今も作ってる。もちろん、こればっかりが理由じゃないけど、核ではある、かも知れない」

「その子と、今は」

「さあ? 何してるかな。わかんない。俺がこういう服作ってることも、知ってるかどうか」

 そう言って、彼は改めてトルソーの方を見た。

 美しくて、可愛くて、恰好良い。イケてるブルーとイエローの服。

 世界中の女性を魅了してやまない彼の服。

 けれど、彼は自信たっぷりではなく、どこか懐かしそうな、寂しげな遠い目をしていた。

 だから、つい。

「きっと」

 言ってしまった。

「きっと知っていて、お気に入りの一着とか、持ってるかも知れませんよ」

 そんな無責任な一言。傲慢でさえ、あるかも知れない。

 けれど、彼は目を丸くした後、

「だと嬉しいね」

 ニカッとまるで少年のような笑みを浮かべて、軽やかに言った。

 その笑顔に僕も笑顔でうなずいた。


 END.


 こちら(https://kakuyomu.jp/works/16816452220371917465/episodes/16816927862895677697)に出ていたお洋服のお話。

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