第201話 ちょっと悔しいのは(お姉さんとオネエさんのロマンシス)

「アタシ、告白しようと思うのよ」

 バーで、いきなり親友が言い出した。

「……あら」

 私は、目を丸くする。

 私たちお気に入りのこのバーは、静かなバーだ。

 席はカウンターしか無いけれど、不思議と狭さは感じない。

 焦げ茶を基調とした落ち着いた店内。マスターの趣味であちこちにあるステンドグラスのランプと古書。

 図書館とよく似た匂いが薫る。

 マスターは、別のお客さんと談笑中。端っこに座る私たちのことを気にする人間は、誰も居なかった。

 だから、彼女の思い付きみたいなその宣言は、静かに私の耳にだけ届いた。

「本当?」

「ホント」

 からん、と彼女の手の中で氷が鳴く。

 綺麗な爪をしている。確かに『男』の手だけれど、爪の整え方の美しさは『女性』のそれだった。

「何でまた」

 彼女は今まで、告白はして来なかった。

 どんな男相手にも。

 告白する前に、彼らに別の愛する人が出来たから。

 彼女は黙って、そっと身を引くだけ。

 彼らとの友情を守るため。

 また、彼らを動揺させたり、彼らに罪悪感を抱かせたりしないよう。

 優しくて、臆病な彼女らしい。

「……昨日ねぇ、常連客が泣いてたのよ」

 彼女は、カフェ・バーに勤めている。

 そこで、常連客が失恋の涙を流していたそうだ。

「わんわん泣いてさ。可哀想なくらい」

「……」

「でも」

 彼女が、遠い目をした。

「あの子言ったのよ。『スッキリした』って」

「……」

「『何もせずぐちぐち言うよりも、ずっといい』だってさ」

 クッとウィスキーを煽って、彼女は笑った。

「ま、あの子も友だちに発破かけられてやっと言ったみたいなこと言ってたけど」

 紅を差した唇が、にっこり弧を描く。

「だからアタシも、今回ばかりは当たって砕けてみようと思うの」

「……本気なのね?」

「ええ」

 彼女の真っ直ぐな眼差しは強かった。

 瞳が、洋燈ランプオレンジを反射してキラキラ光っている。

 ああ、私の親友は何て美しいのだろう!

 この真剣な美しさを、他の人が引き出したなんて。

 友として、とても悔しい。

 けれど。

「……慰めるのも、お祝いするのも、任してよ」

 とても綺麗なものを見せてもらったことには、素直に感謝したい。

 親友に、素敵な覚悟を決めさせてくれて、ありがとうと。見知らぬあなたに、たくさんの善きことが起こりますよう。

 私じゃきっと、背中を押せやしなかったから。

「頼んだわよ」

 彼女が、私の背中を軽く叩いた。

 その手が微かに震えていることに気が付いたけれど、私は何も言わず、ただ彼女の肩を一つ、ぽんと叩いた。


 END.


 こちら(https://kakuyomu.jp/works/16816452220371917465/episodes/16816927861307558942)の二人。失恋した子はこちらの(https://kakuyomu.jp/works/16816452220371917465/episodes/16816927862377213081)お嬢さん。

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