第132話 微睡みソファー(菓子職人×塾講師)


 眠い。

 とろとろと、意識が溶けていく。

 お風呂に入らなくては。ああ、明日の用意も。

 いろいろ、いろいろ。

 考えては、優しい闇の中に溶けていく。


 パチパチ、パチ、タタン……パチパチパチ


 遠く、近く、規則的な音がする。

 雨だれのように降り注ぐ音。

 何だろう……昔、聞いたことのある音。けれど、最近も聞いた気がする音。

 昔の音は、すぐ思い出せた。

 おじいちゃんの指す将棋の音だ。

 パチリ、パチンと、おじいちゃんは勢いよく駒を指した。

 休日の気怠い午後。

 幼い私は、よくその音を聞きながらうとうとまどろんでいた。

 藺草の匂いと駒の音に包まれて。

 倖せな午睡だったと思う。

 けど、祖父はもう居ない。

 では、誰の。

 そう思うと、私の意識は急にふわりと浮上した。

「ん……」

 目を、ゆっくりと開ける。途端、鼻腔を擽ったのは藺草ではなく、珈琲の薫りだった。

 身体を起こすと、ぱさりと何かが落ちた……赤いブランケット。新品のふわふわしたそれは、先週買ったもの。トナカイが白抜きで描かれてある。

「大丈夫ですか?」

 視線の先、ダイニングテーブルで、颯太さんがこちらを見ていた。手元には、ノートパソコン。

 ああ、パチパチの正体はあれだったかと知る。

「すみません、ベッドに連れて行けたら良かったんですけど……」

「いえいえ。だいじょうぶです。こちらこそ、寝てしまって」

 小柄な颯太さんだと、上背のある私を運ぶのは確かに無理だろう。

「ブランケット、ありがとうございます」

「いえ。……珈琲、いれますか?」

「……いいえ。それより、もう少しこうして横になっていてもいいですか?」

「? かまいませんけど……」

 一時間したら、起こしますね。シャワー浴びたいでしょう?

 颯太さんが言った。

 はい、おねがいします、と言って、私は落ちたブランケットを拾う。

 そして、先ほどと同じように、それにくるまって横になった。


 パチ、パチパチパチ……


 また、雨だれの音が始まった。

 優しくキーボードを叩くのは、きっと私を気遣ってのこと。

 誰かの気配が、霧のように静かに、柔らかく部屋に満ちる。

 その中でこうしてまどろむことの、贅沢さ。

 私は、それを噛み締めるようにしてまた目を閉じた。


 END.



こちら(https://kakuyomu.jp/works/16816452220371917465/episodes/16816700426235889522)の二人。

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