第71話 あなたがくれたもの(薔薇。菓子職人×塾講師)

※『真夜中のおいしいごはん』(https://kakuyomu.jp/works/16816452220371917465/episodes/16816700425981364105)のトーリー(菓子職人・35歳)×颯太(塾講師・25歳)の二人のお話ですが、こちら単体でも読めます。


「美味しい!」

「よかったです」

 颯太さんが、試作品のスコーンを食べてにっこり笑う。

 夜。

 塾から颯太さんが帰って来る頃に、私の試作品は完成している。

 颯太さんは、いつも喜んでそれらを食べてくれた。

 今日のチャイ・スコーンも、それはそれは美味しそうに笑顔で食べてくれている。

「倖せです。こんな美味しいものを食べられて」

「ふふっ、そう言っていただけるとつくりがいがあります」

 胸の奥が、ふんわりと温かな毛布で包まれたみたいに優しくぽかぽかした。

「……僕、いつも貰ってばかりで、申し訳ないです」

 颯太さんが、眉を下げて言う。

「何か、お返しが出来ればと思うんだけど、思い付かなくて」

「──いいえ」

 私は吃驚して、首を振った。

「いいえ、いいえ。颯太さんは、私にじゅうぶんすぎるほどのものをくれました」

「トーリーさん?」


 あなたは知らないでしょう。

 店から続くあの厨房で。

 毎夜毎夜、私が願っていたこと。

 新作を考えながら。

 試作を繰り返しながら。

 思っていたこと。


『美味しい』


 今この目の前で、私の作品を食べて倖せそうに笑ってくれる人。

 私の料理が一番美味しいと、好きだと、特別だと言ってくれる人。

 そんな人が欲しいと、ずっと願っていた。

 店をやって、お客さんに恵まれて、生活していけて。

 それなのに、特別な唯一人もまた欲しがるなんて贅沢だ。

 誰かに言えば、絶対にそう言われることは知っていた。

 だから、誰にも言えなかった。

 けど、本当は言いたかった。望みたかった。

 それをあなたがあの日、叶えてくれた。

 私が店の鍵をかけ忘れて、仕事帰りのあなたがふらっと間違えて入って来た日。

「良ければどうぞ」と私が差し出した新作のレモンティースコーンを食べて、あなたは本当に美味しそうに笑ったあと、


「天国の食べ物みたいだ」


 ぼろっと零れた涙と一緒に、そう言った。

 あの言葉がどれほど嬉しかったか、あなたは知らないでしょう。


「あなたがいてくれることが、私にとっては、ほんとうにとくべつで、だいじで」

 私は、手を伸ばして颯太さんの頬に触れた。

「……しあわせ、なんです」

「!」

 颯太さんの頬が、かあ、と朱くなり、熱を持った。

 可愛らしいなあと思いながら、そのまま唇の端についていたスコーンの欠片を拭う。

「……トーリーさんは、いきなりそういうことを言うから心臓に悪いよ」

「いきなりじゃなく、いつもおもってますよ」

「~~~~~さらっと、すごいこと言う……」

 顔を覆われてしまい、ちょっと不服だ。

「颯太さん」

 私は、顔を覆った手を優しく撫でて宥める。力が抜けた瞬間に、握り締めて顔から外した。

「かお、もっと見たいです」

「……見てもいいことないですよ」

「あります」

 私の料理さくひんを食べて、嬉しそうに笑う顔が好きだ。

 私の言葉で頬を染めるあなたが好きだ。

「こっちを見て、颯太さん」

 目と目が合う。

 ああなんて。

 倖せなことだろう。

 私はうっとりと思って、笑った。


 END.

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