第117話 透き通る微笑と高鳴る鼓動(男女)


 ふと思い付いて、彼女に顔を近付けた。

 もしかしてキス、出来るかなと思って。

「……」

「……」

 けれど、それは失敗した。

 彼女が、申し訳なさそうに眉をキュッと寄せる。

「やっぱり、キスは無理……?」

「……ごめんなさい」

「ううん。いいんだ。キスしたり、手をつなぐだけが恋人のやることじゃない、そうでしょ?」

「けど……」

「いいんだ」

 僕は、彼女に笑って欲しくて、敢えておどけた笑みを浮かべた。

「僕は、君と話したり、こうして同じ映画を見たりして過ごせれば、それでいいんだよ」

 本当だよ、と念を押して言う。

「でも、本当にこんなのいいのかな?」

 彼女が、自分の手に視線を落とした。

「君のお父さんとお母さんも怒るだろうし……他の人も」

 うーん。まあ、確かに彼女との交際は、怒られそうだった。

 そんなの、出逢った頃からわかっていた。

 きっと、「何を言ってるんだ」って激怒されるだろう。

 世間体を気にする両親だから、なおのこと。

「まあ、いざとなったら、死んでこの想いを証明するさ」

「! それは、ダメ!!」

 彼女が、声を荒げた。

 机が、ガタンと鳴る。

 彼女は、ハッとしてすぐに口を閉じ、身体を竦めた。

「別に僕は君のためなら死んでもいいんだけどなあ」

「……私は、嫌だよ」

 彼女が、ぽつりと零すように言った。

「君が、こうなるの」

 また、彼女は自分の手に視線を落とした。

 透き通って、床が見えている手。

 手だけじゃない、彼女は全体的に透けていた。

「悲しい、ことだから」

「僕にとっちゃ、些末なことなんだけどね」

 彼女が既にこの世に居ないなんて、そう、僕にとっては全然大したことじゃない。

 こうして、お互いを認識できて、喋れて、愛を伝え合うことが出来て……とても、倖せなことではないだろうか。

「でも、君が悲しむ顔は見たくないから」

 僕は、彼女がこれ以上辛い顔をしないよう、明るい声で言った。

「当分、この選択肢はお預けだね」

 大丈夫だよ、と伝えると、彼女は顔を上げて……ほんの少し微笑んだ。

 透き通った微笑みはあまりにも美しく、僕の心臓は今日もドキドキと脈動するのだ。


 END.

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