第118話 姉妹は今日も仲が良い(小学生姉妹)

「やーやっぱり、京子の髪は長くていいねぇ」

 お姉ちゃんは、いつも私の髪を見てそう言う。

 私の髪を梳きながら。

「つやつやでキレイだし、ヘアアレンジするの楽しい」

 もう耳にタコよ、と思うけど、褒められるのは嬉しいからニコニコしてしまう。

「今日はどんな感じで?」

 何でも、お姉ちゃんの好きなように。

 私が言う前に、

「なーんてね、この繭子お姉さまおまかせでいいでしょ?」

 お姉ちゃんが言った。

 いつものこと。

 私は、目でうなずく。

「そうねぇ、もう秋だし、ハーフアップにして、ちょっと首隠そうか〜。京子はうなじもキレイだから、もったいない気もするけど」

 これもいつものことなので、もう照れもせず笑顔で受け止める。

 お姉ちゃんは、本当に私のことが大好きだ。

 きっと、小学校のお友達よりも私のことが好きなはず。

 知ってるんだから。

 私も、お姉ちゃんのことがいちばん好き。大好き。


 コンコンッ


「はーい?」

 お姉ちゃんが返事をすると、お母さんが顔を出した。

 ふわっと香る香水の匂い。よそ行きのお母さん。

「用意出来た? そろそろ行くわよ」

「待って待って、まだ京子の髪してるから」

 お母さんは溜め息を吐いて言った。

「早くしてよ。京子が何も言わないからって、好き勝手するんじゃないよ」

「京子からオッケーはもらってるもーん」

「はいはい」

 いつものやり取り。

 私はにこにこして聞いている。

 これもいつも通り。

「さ、出来た!」

 鏡を見る。

 そこには、髪をハーフアップにされ、緑の綺麗なリボンを付けられた私が映っていた。

 うん、今日も可愛くしてもらった。

 嬉しい。

「よし、じゃあ行くか!」

 お姉ちゃんは、私をと言った。

 急いで階下に降りると、もう二人は玄関に居た。

「お父さん、お母さんお待たせー!」

「……遅いぞ」

 お父さんが渋い顔で言った。

 私の方を見向きもせずに。

「あら、今日もいい感じに可愛く出来たじゃない」

「でっしょー?」

「ほら、。早くしなさい」

 お父さんが、お姉ちゃんに言う。

「怒られちゃったね」

「……」

 お姉ちゃんは、私にそう話しかけた。

 私は、困ったようにお姉ちゃんに微笑みかけるだけだった。


 ※


 帰りの車の中。

 帰りの運転はお父さん。行きがお母さん。

 お姉ちゃんは、私を抱っこしたまますやすや眠っている。

 病院は、疲れるものね。

 人形の私にはよくわからないけど、ずっと一緒にいるから、何となくわかるよ。

「おい、京子をあのままにしていいのか」

 お父さんが、苦しげに言った。

 ハンドルを握る手が微かに震えていた。

 京子。

 今は繭子と名乗っているお姉ちゃんの本当の名前。

「仕方ないでしょう。お医者様からも無理強いはしちゃ駄目って言われてるんだから」

「しかし……」

「私だって」

 お母さんの声が、ひしゃげる。

「私だって、辛いわよ。繭子だけじゃなく、京子まで居なくなってしまったみたいで」

 繭子お姉ちゃんは、京子お姉ちゃんのお姉ちゃん。

 一ヶ月前、事故で亡くなってしまった。

 歩道橋の階段から落ちて、打ち所が悪くて。

 道の向こうから京子お姉ちゃんが走って来るのを見て、自分も急いでそちらに行こうとしたらしい。

 お互いに、お互いを見付けて嬉しくて駆け寄ろうとした。

 それが、事故になった。

 それから暫くして、京子お姉ちゃんは、自分を繭子お姉ちゃんだと思い込み、私を自分だと……京子お姉ちゃんだと思い込むようになった。

「京子の真似する繭子は、繭子によく似てるけど、けど繭子じゃないもの」

 仲良し姉妹だったから、京子お姉ちゃんの演じる繭子お姉ちゃんはよく似ていると思う。

 けど、やっぱりお母さんにとっては違うみたいだ。

 それでもお母さんは、繭子お姉ちゃんが生きていた頃と同じやりとりをしてくれる。京子お姉ちゃんのために。

「……」

「引っ込み思案で大人しくて、でも家族のことが大好きでいつもニコニコしていた京子は、何処へ行ってしまったの?」

「……」

 ついに、お母さんが泣き出してしまった。

 辛いよね。

 私も、京子お姉ちゃんだった頃の京子お姉ちゃんが大好きだった。

 正直、繭子お姉ちゃんよりも。

 人形の私を妹にしてくれて、いつも可愛がってくれていた。

 私を「しょーこちゃん」と呼ぶ京子お姉ちゃんが、とてもとても。

 それでも京子お姉ちゃんが望むなら、私は京子お姉ちゃんのフリをするのだ。

 どんなに似ていなくても。

「悪かった」

 お父さんが、静かに言った。

 お母さんが、首を振る。

 私は、いつも通りただ黙って微笑んでいた。


 END.

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