第111話 偽装結婚(男女、夫婦)
私たち夫婦には、秘密がある。
「……あ」
私は、スマホのメール通知を見て、声を上げた。
中身を確認。そしてすぐさま、部屋を出た。
コンコンッ コンコンッ
向かいの部屋をノック。興奮のあまり、ちょっと強く叩いてしまう。
「まーさん! まーさん! いま、いいですか!?」
「はーい、どーぞー」
ドアの向こうから、ちょっと力ない声がする。私は、構わずドアを開け放ち、言った。
「チケット、当たりましたよ!!」
「!!」
部屋の真ん中、人をダメにするクッションでしょんぼりしていたまーさんが、バッと顔を上げた。
彼が、戸籍上の我が夫だ。
「わー!!!」
まーさんが、飛び上がる。
「わー!! ありがとうございます、ありがとうございます!! 自分名義のはぜんぶ外れちゃって……!」
「良かったです、私名義のが当たって」
「わー……! 本当、ありがとうございます!!」
「いえいえ、私の方もこのあいだ当ててもらいましたし」
その節はありがとうございました、と私が頭を下げると、いえいえ、とまーさんが手を振った。
「楽しんで頂けたのなら、幸いですよ~」
二人で顔を見合わせ、にっこり笑う。
「「結婚って、いいですね」」
お互いに、しみじみ言った。
私たちの『チケット』とは、アイドルコンサートのチケットを指す。
私はとある女性アイドルグループ、彼はとある男性アイドルグループをそれぞれ追っかけている。
私も彼も、人生の半分以上、それぞれが推している事務所に金を貢ぐファンなのだ。
例え、違うアイドルグループ、事務所とは言え、同じドルオタ。悩みや喜びは似通っているものがある。
例えば、チケット争奪戦。
私たちは、お互いにそれぞれの名義でもチケットを取り、当選確率を上げている。
他にも。
「あ、新しい写真ですか、これ?」
「はい。このあいだ、新しいのが入ってたので」
「いいですねぇ」
「たくさんあって悩みましたよ……」
まーさんの部屋の壁には、推したちが飾られている。写真は、普通の家の家族写真が如く。うちわやポスターは、まるでアイドルショップの如く。所狭しと、推したちの博物館のように飾られてあるのだ。棚にはアクスタとペンライト。
もちろん、私の部屋も同じようになっている。ポスターで壁が埋め尽くされ、カーテンレールには団扇、棚にアクスタ、歴代グッズが並ぶ。もちろん、写真集は本屋のように表紙を見せて並べてある。
こうして、それぞれの部屋を立派なオタク部屋に仕上げても、文句は言わない。
「そういえば、ドアのネームカード、新しい写真にしましたよね?」
「お、気付いてくれました? 流石まーさん」
「いい写真ですね。推しと推しがキャッキャしてる写真なんて、羨ましすぎます」
それどころか、こうして褒め合う。
「これからライヴDVD勧賞ですか?」
「はい。Twitterの企画で同時勧賞ですよ」
「なるほど。楽しんで下さいね。私も、これから友人たちとビデオ通話で舞台同時上映会です」
「いいですね」
それでは、とお互い自分の時間に戻る。
週末だが、二人で出かけることはあまり無い。
生活用品の買い出しくらいか。
あとは、推し活で二人とも忙しいのだ。
……私たちは、どちらも恋愛感情を持っていない。
ただの重度のオタクだ。
だから、結婚なんて考えもしなかったし、人生のすべてを推したちに捧ぐ気満々だった。
しかし、家族からやいのやいの言われ、あわや勝手な見合いまで設定されかけた。そこで、昔からの友人に助けを請うたところ、同じような悩みで同じように友人に助けを請うた人がいた。
友人はこれ幸いと、そんな私たちを引き合わせ、そうして今に至る。
お互いに恋愛感情は無い。普通の結婚生活を送る気がさらさらない。ただただ、推しに人生を捧げたい。
ただ、外野は外野で黙らせたい。
利害が一致した我々は、手に手を取り合って、結婚した。
そして今、結婚前と変わらず……どころか、協力者を得て更に生き生きと推し活をしている。
「こういうのなら、結婚も悪くないよね」
私たち夫婦には、秘密がある。
それは、お互いにではなく、それぞれの家族、対外的に。
外野から見たら、歪な結婚生活なのかも知れない。
けれど、私たちは快適に、倖せだった。
こんな『家族』なら、ありだと思う。
恋愛にも、結婚にも夢を見ていなかった私だが、こんな『偽装結婚』ならば悪くない、としみじみ思う今日この頃だ。
END.
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