第98話 そりゃ気付くよ(疑似家族)

※この話(https://kakuyomu.jp/works/16816452220371917465/episodes/16816700426796447727)の三人。ですが、この話単体でも読めます。



 朝。

「はーい、ストップー。行き止まりデース」

「……は?」

 登校しようとしたら、玄関手前で両腕を広げたヒガ兄に止められた。

「ヒガ兄、何やってんの。どいて」

「どきませーん」

 ヒガ兄が、ふざけた声で言う。イラッとする。

 まったく、朝早くからやめて欲しい。

「何言って……、!?」

 押しのけようとした手をひらりと交わし、反対にガシッと頭を掴まれた。

「アラヤダあつーい、ってことで、はい、強制送還!」

「!」

 ぐるっと回れ右させられ、ぐいぐい背中を押される。

「こ、これくらい微熱で」

「計ってないのに微熱とか言うの禁止~、はい、入った入った」

 そして勝手に私の部屋のドアを開け、ぽいっと私を放り込んだ。

「三分以内にパジャマに着替えとけよ。そうじゃなきゃ着替え中に入っちゃうことになるから」

 ヒガ兄はそれだけ言うと、問答無用でバタンと扉を閉めた。

 文句を言おうとしたけれど、

『もしもし?』

 という声で、一度言葉を引っ込める。

『……はい、わたくし、喜代原 清泉いずみの保護者ですが……』

 続いて聞こえてきた科白で、どうも学校に電話をかけているのだと気が付いた。

 何で、私の学校の番号を知っている。……しかも早さから考えるに、もしかして自分のスマホに登録しているのか。私は驚きで軽く目を見開いた。

 こうなると、いよいよ今日は休まねばならないらしい。

 とりあえず、着替え中に入って来られたらたまらないので、そこらに放っておいたパジャマをもう一度着ることにした。

 パジャマを着て、制服をハンガーにかけ直したところで、玄関の開く音がした。

「……?」

 私より先に出たはずの佐久さんしか、心当たりはない。

 忘れ物だろうか。首をひねっていると、

 コンコンッ

「入るよ?」

 ドアのノック音がした。やっぱり、佐久さんだ。

「どうぞ」

「やっぱり、強制送還されたね」

「どうして……」

「これ、買って来た」

 佐久さんが手に持っていたのは、コンビニのレジ袋。

「どうせ、熱っぽくて何も食べてないんじゃないかと思って」

「……どうして、わかったの」

 佐久さんと会ったのは、起き抜けの洗面所。おはよう、と互いに挨拶を交わしたくらいだ。

 佐久さんはもう着替えていて、実際、私が洗面所から出ると同時に出かける音がした。

「見ればわかるよ。ずっと一緒に暮らしてるんだから」

 がさがさとレジ袋からローテーブルに出されていくのは、飲むゼリーやプリン、普通のフルーツゼリーなど、つるんと食べやすそうなものばかりだった。

「どれなら食べられそう?」

「……プリン」

「ん。じゃ、これ以外は冷蔵庫にしまっておくね」

 プリンと付属のスプーンを置いて、佐久さんは他のものをまた袋へしまう。

「ごめんね、佐久さん。お仕事遅れちゃう……」

「んん? ああ、気にしなくていいよ。スマホ、見てみなよ」

 佐久さんに言われ、首を傾げつつスマホの画面を見た。

 時間と、日付と、曜日。……あ。

「あれ……?」

「そ。今日は定休日。……それにも気付かないくらい、ボーッとしてたんだね」

 ぽん、と佐久さんが私の頭を撫でた。

「ちゃんと寝な」

「……はい」

 佐久さんが部屋から出て行ってしばらくすると、ヒガ兄が入って来た。

「おーい、ちゃんと休んでるかー?」

「……休んでるよ」

 ベッドにもたれて、プリンを食べている。これ以上ないお休みスタイルだと思う。

「ほら、スポドリと水と薬。プリン、食い終わったら、これ飲んで寝ろ」

「ん」

 ローテーブルに、また新しく物が置かれた。

「あの、ヒガ兄」

「ごめんはいらんぞ」

 ふり返って、ヒガ兄が笑った。

 先回りされ私は、あぐ、と口を噤む。

 それから、

「……ありがとう」

 ちょっと悩んでそう言った。

「よし。どういたしまして」

 ヒガ兄が、にっこり笑みを深めて私の頭を撫でた。

「昼、食べられそうだったらうどん作るからな」

「うん」

 それまで寝てろ、と言われたので、素直にうなずいた。

 薬を飲んでから、布団に入る。

「おやすみ」

「おやすみなさい」

 はふ、と漏れた息が熱い。

 頭が、ずしんと重かったことを思い出した。

 けれど、不思議と苦しくは無かった。


 END.

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